最近の投稿作品 (28)
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月に跳ねる
ああ、これは夢だな、となんとなく分かった。
根拠はないが、不思議とそれは間違いないと思えた。妙に現実味がある夢だ、と冷静な頭で考える。
柔らかな芝を踏みしめる感触も、初夏の夜の暖かい空気も、周囲から聞こえる虫の合唱も、さわさわと風に揺れる草の音も、何もかも現実と変わらない。
手を顔の前に持ってくる。手のひらを開く。閉じる。頬をつねってみる。痛かった。ちょっとだけ、本当に夢なのか自信がなくなった。
だけどまあ、気付いたら草原のど真ん中だ。これが夢でなくてなんだというのか。
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氷の国のお姫様ver2
(Aメロ)
絵本がある 何を読もうか
つるつる 従者は
話しかけても 応えない
(Bメロ)
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氷の国のお姫様
(Aメロ)
絵本とお歌 今日は何を読もうか歌おうか
つるつる従者は 喋りかけても答えない
真っ白な中庭は 今日も雪の花が咲く
(Bメロ)
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比翼の鳥【歌詞】
【Aメロ】
海の上 空に浮かぶ島には 翼生えた人が暮らす
陸の人 海の人を見下ろし 風を捉え宙を泳ぐ
【Bメロ】
片翼の少年は 風を切る その感覚を知らない
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【小説化】神の名前に堕ちる者 5.母なる神の詩・人の子の歌(完)
声が止んだ。
「――?」
歌姫は弾かれたように振り返り、騎士の名を呟く。
騎士は手にした剣を放り投げ、歌姫に駆け寄り、包み込むように彼女を抱きしめた。
男の熱き血潮は凍てついた女の心を温め、女の冷えた腕は男の火照った身体を癒す。
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【小説化】神の名前に堕ちる者 4.哀しみに報いる者
神子の護衛。それが、俺に与えられた新たな使命だった。
少女が消えた洞穴の前に立ち、俺は彼女との出会いを思い返していた。変わらない雨足が、肩の痛みと身体の熱を和らげる。何が待つかも分からぬ闇に目を眇め、長年を共にした相棒を握り締め、俺はインクで塗りつぶしたような穴の中に身を投じた。
正直に言えば、俺は降った命を快く思っていなかった。我が剣は弱き民のために。そう誓って生きてきたからだ。成り上がりの俺を爪弾きにするには、名誉ある閑職はまさにうってつけだったのだろう。徒に血を流すことは本意ではないが、前線が遠ざかるということは、守る者から遠ざかることと同義だった。
振り返りもしない少女に付き従い、石壁に囲まれた道を進む。懐かしい立ち位置。俺は心地よい緊張感に包まれていた。
神子と対面したとき、俺は彼女のことを人形かなにかではないかと思ったものだ。人として備えてある筈のものが、ごっそりと抜け落ちている気がした。神秘性を体現する、と言われる者とは得てしてこういうものか。さしたる感慨もなく、俺は栄えある任命式を終えた。
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【小説化】神の名前に堕ちる者 3.護り手たる騎士の話
ばしゃん。
水溜りを踏みしめた具足が、濁った水を跳ね飛ばす。叩き付けるような豪雨の中、鬱蒼と茂る森を俺は駆けていた。行く手を遮る枝を剣で切り上げ、邪魔な石を蹴り散らし。木々の隙間をぬって降り注ぐ雨粒で全身を濡らしながら、立ちはだかる小岩を飛び越え、止まることなく真っ直ぐに、俺は走る。
冑(かぶと)も鎧もとうに捨てた。今の俺には、道を切り開くための剣と疾く駆けるための具足があればそれでいい。
腕を振るたび、右肩がずくずくと痛む。それも当然のことだ。矢羽の折れた矢が一本、俺の肩口から生えていた。だが、同胞に手をかけ、友に背を向けた報いにしては、この痛みは随分と軽い。
思い出すのは、親友との別れ際。彼との短いやりとりだった。
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【小説化】神の名前に堕ちる者 2.痛みを問う者
天を突くのではないか。そう思えるほどの巨木があった。
少女を追い、石の洞穴を抜けて開けた空間に出ると、目に付いたのは大人が両腕を回しても到底届かないであろう太い幹。その幹に隠されるように、来た道と似たような洞穴が見えるが、道の先は黒々として見通せない。
大樹の傍の岩肌からは水が染み出ており、澄んだ音を立てていた。長い年月で削れた石の窪みに溜まった水は、溢れ、伝い落ちて固い地面をしっとりと濡らしている。
大樹の周りに生えた花は、苔の放つ仄かな光を集めた瑠璃色。大木の頭上には穴が空いているようで、滴り落ちる雨粒を、遥か上空に茂る巨木の葉が受け止めていた。
少女は大樹を背に私を待っている。ようやくといった体で少女の前まで歩を進めた私は、そこで力が抜け、くずおれるように座り込んだ。
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【小説化】神の名前に堕ちる者 1.神子たる歌姫の話
前髪を伝った雨粒が、ぽつ、と石畳に落ちる。固い地べたに座り込んだ私は、ざらついた石に染み込んでいくそれを、ただ眺めていた。
遠く聞こえる雨の音。この場に座り込んで、いかほどの時が刻まれたのだろう。石壁に背を預け、天井を仰ぎ見る。青白く光る苔が、重苦しい石の連なりを薄っすらと照らし出していた。
「天も地も、何も変わるところがない」
口を衝いて出た呟きは、暗闇に吸い込まれて消えていった。凍え、感覚のない両腕を持ち上げる。まるで真珠のよう、と喩えられた自身の肌は、薄汚れて見る影もなくなっていた。糸の切れたマリオネットの如く、ぱたりと手のひらを落とし、自嘲する。
もっとも、そう称していたのは偽者の笑顔を貼り付けた者たちだったけれど。
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【小説化】ドーナツホール後日譚2 「未来、思い出、そしてこの世界」
暗い部屋で天上を見上げていた。今は朝だろうか? 多分そうだ。夜の静けさとは違う静寂がある。身じろぎをした拍子に、ソファがぎしっと鳴った。
起き上がる気分になれない。とにかく体に力が入らなくて、このまま一日中こうしていたい。カーテンくらいは開けた方がいい、と思ってもそれすらやる気が起きない。
首を回し、近くのテーブルに置いてある手紙を見た。昨日の夕方、初対面の男性が持ってきた手紙。人を信用していなさそうな、赤の他人に興味がなさそうな感じの男の人は、彼からの頼まれ物だと言った。しばらく彼から音沙汰がなくて、少し心配になっていた私はその場で中身を検めた。
内容は、確かに彼が言いそうなことだった。言いそうなことだったけど、私はただひたすらに困惑した。
彼が死んだ? もういない? どういうこと? どうして?
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【小説化】ドーナツホール後日譚1 「僕らは友達にはなれない。永遠に」
乾いた風が一瞬だけ、ひゅっと僕の後ろを通っていった。
「若干の規模の縮小はあるようだけど、計画は継続するみたいだよ。これも君の活躍のおかげかな。英雄くん」
彼の墓標を見下ろして、淡々と報告をする。
「と言っても君は嬉しい顔なんてしないか。ただまあ、流石に今のハイリスクな状態は嫌なようだから、もう少し装備者への負担を減らす方向に舵取りされるかな。ある程度デチューンして安定性を高めたモデルが開発されるだろうね」
僕が調整を担当していた彼が殉職してから早二月。事後処理を終えて一息つけるようになるまで、それなりに時間がかかってしまった。
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【小説化】ドーナツホール番外 「まなざし」
「君は、やっぱり少し違うね」
ある日、戦闘訓練後の調整中のことだ。立体型ディスプレイをタップしながら、僕の調整担当官の科学者が言った。
「違う?」
クッションのひとつもない、硬くて冷たいベッドに横たわっていた僕は、唐突なその発言の意味を察しかね眉を顰めた。
「他の“調整”された奴らと比べてってこと」
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【小説化】ドーナツホール9 /親愛なるあなたへ/
親愛なるあなたへ
あなたがこれを読んでいるとき、僕は既にこの世にいないでしょう。
なんて書くと、大昔のドラマみたいで信じられないかもしれないけど、本当のことです。
手書きの手紙の書き方なんて全然知らないから、読み辛いかもしれないけど我慢して読んで欲しいな。
まず、あなたと知り合えたことに感謝を。
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【小説化】ドーナツホール8
「頑張った君たちに良いことを教えてあげよう」
ハインシュルツの笑みがいっそう深くなった。
映像の乱れ具合で分かる。これはライブ放送じゃない。あらかじめ記録しておいたものだ。特定の条件が満たされると自動的に流れるよう仕込まれていたのだろう。
条件とはなにか? 決まっている。『縮退炉の暴走を止めること』だ。
迂闊だった。解除プロセスのどこかにトラップの起動トリガーが隠されていたはずだ。それを見逃した。なんて単純なミスを。僕は悔しさに唇を噛み締めた。
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【小説化】ドーナツホール7
「お好きなんですか? 写真」
コーヒーとともに差し込まれてきた問いが、自分に向けられたものだと気付くのにしばらくかかった。覗き込んでいた写真集――人やもの、風景がとりとめもなく留め置かれている冊子――から顔を上げる。
「あれ? 違いました? いつも眺めてらしたので、てっきりそうだと・・・・・・」
声を掛けられたこと、自分なんかのことを覚えていたこと、二重の驚きに言葉を失う僕を、あの人は少し困ったような表情で見ていた、と思う。
もうとっくの昔に失くしてしまったと思っていた、幻のような朧げな記憶。
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【小説化】ドーナツホール6
世界が急速に音を取り戻す。復活した聴覚が様々な音を拾い始めるなか、びきりと、脳内に大きな異音が響いた。ほぼ同時に視界が真っ白に塗りつぶされる。
「ぎ・・・…っ!」
末端の神経までを余すことなく走り抜ける衝撃と、脳みそをドリルで内側から抉られるような耐え難い痛みに呻き、僕はブレードを取り落としてその場に膝をついた。大量の汗が噴き出す。肺が締め付けられてまともに声すら出せず、僕は体を縮め、押し寄せる苦痛をひたすらやりすごすことに全力を注いだ。
一秒を何百分の一単位までに切り分けた代償が、何千、何万倍もの代償となって還ってきている。痛覚の遮断機能すら麻痺しているのか、明らかに許容値を超えた痛みにも馬鹿正直に僕の体は反応した。
いっそ何も感じなくなってしまえば、こんな思いをしなくて済むのに。そんなことを何度も考えるほどに。