狭い小鳥の籠の中にて 第七話

投稿日:2010/01/03 14:46:40 | 文字数:4,045文字 | 閲覧数:143 | カテゴリ:小説

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百合にしようとは思ってないんですが、ミクがリンを押し倒す(語弊)シーンを書いた時、何かひとつの目的を達成した気分になりました。……すいません。腐っててすいません。

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 「綺麗」
 小鳥の籠の水を替えながら、りんがしみじみとそう呟いたので、みくは苦笑した。りんは随分かいがいしく、小鳥の世話をしているようだった。
 「気に入って、良かった。きっと殿も喜ぶよ」
 「殿って、この前の?」
 「そう。このお店の一番の上客。私のお客さん」
 「ふうん。お似合いでしたものね」
 りんの言葉に、みくは驚いて、反射的に問い返す。
 「なんで?」
 「え?」
 「お似合いなんかじゃないよ」
 みくの珍しい動揺に、りんは驚いたように目を瞬かせる。それで、みくは自分の言動のおかしさに気づいて、我に返った。
 「お客だもの」
 みくが言い訳のように言うと、りんは少し首をかしげるようにした。
 「でも、この商売は恋を売る商売でしょう? 上手くいけば、身請けしていただけるかもしれませんし」
 「知識をつけ始めたね」
 みくは呆れたように言って、それからりんの隣に屈んで、籠の中の小鳥を覗き込んだ。
 鳥は明るい瑠璃色の綺麗な羽を持っていて、時々は、鈴を鳴らすような綺麗な声で鳴いたが、今はただ止まり木に止まって、その小さくて黒いつぶらな瞳でじっとりんとみくの方を見ていた。
 「遊女って、この小鳥に似てる」
 不意に、りんが呟くように言った。
 「そう?」
 「自由がなくて、ただ綺麗なだけで。人の目を楽しませて愛でられるためだけに閉じ込められていて」
 「そうかもしれないね」
 でも、とみくは小鳥から目を離さないで続ける。
 「望んで籠に入ってる小鳥も、いるかもしれない」
 外の世界に絶えられなくて、自ら檻の中へ。入ってくる小鳥も、居るかもしれないよ?
 「案外籠の中も、居心地が良くて。このままでも構わないと、思っているかも」
 りんは理解しかねるように首をかしげたが、みくはその顔を振り返って、一瞬だけ悲しそうに苦笑した。
 それから、軽くりんの鼻先をつまむと、明るい声で茶化すように言う。
 「こうやって、甲斐甲斐しくお世話してくれる人もいるし、小鳥としては不自由はないのではないでしょうか」
 突然のみくの行動に、りんはビックリしてしまって、変な声を上げてみくに笑われる。それで、頬を膨らませたとき、はくが部屋に入ってきた。
 「楽しそうですね。何のお話ですか」
 言いながら、机の上に手紙の束を載せる。
 「今日はおりんちゃんにもひとつ来ていましたよ」
 はくは言いながら一通だけを別にして、りんに手渡す。りんはそれを受取ると、差出人の名を見てちょっと驚いた顔をした。
 「どうしたの?」
 「いつもの人からじゃなくて、実家からだから。驚いてしまって」
 りんは言いながら、顔をしかめた。実家に対して、あまり良い思いはない。りんに対して何か良い知らせがそこから来るとは思えなかった。
 (とうとう、なのかな……)
 りんは手紙の封を恐る恐るといった風に切って、その折畳まれた紙を開くにも、躊躇(ためら)ったようにしばし指をそこに置いたまま、ただそうしていれば中身が見えるとでもいうように閉じられた紙を凝視していた。
 ようやく小刻みに震える指でそれを開いて、その文字を目で追ううち、その顔は見る見るうちに蒼白になって行く。
 「おりんちゃん?」
 みくはようやくりんの様子のおかしい事に気づいて、そう声を掛けた。りんはただただ無言だったが、その凍りついた手の中から紙だけが滑り落ちて、畳の上に軽い音を立てた。
 「おりんちゃん、どうしたの」
 言いかけて、みくははたと気がついて、跳び上がるように慌てて立ち上がった。
 りんの赤い唇の端から、白い肌の上を一筋の赤い跡が流れていた。
 「おりんちゃん! 口開けなさい! 唇を噛んじゃ駄目」
 みくは叫ぶように言いながら、りんに飛び掛るようにして、指を差し入れてその口をこじ開けた。勢い余って、二人はそのままその場にもつれ合うようにして倒れこむ。酷い音がして、りんは体を強かに打ったようだった。
 「ごめん」
 みくは慌てて上半身を起こす。だけど、それでもりんは何の反応も示さなかった。ただ、横になったまま、その瞳は呆然と宙を見ていた。
 「おりんちゃん」
 みくはりんに呼びかける。
 無造作に畳みの上に放り出されていたその手を握って、数回名を呼ぶとようやく、強い力で、痛いと思うくらいの強い力で握り返された。
 「廉が、死んだの」
 「え?」
 「切腹させられたって」
 「なんで?」
 「詳しくは、書いてない。けど……あたしのせいかもしれない。あたしとの醜聞が殿の耳に入ったのかもしれない」
 「そんな」
 「あたしも……」
 呟くように言った後、りんは跳びはねるように跳ね起きた。突然の事に目を丸くするみくを尻目に、みくのいつも使っている物入れにわき目もふらず走って、それを開ける。みくはようやく目的を悟って後を追った。
 「おりんちゃん!」
 咎めるように大声で呼ぶ。りんはみくの物入れから鋭利な短刀を取り出して振り上げ、それを迷いもせずに自分の喉に向かって振り下ろそうとした。
 「やめて」
 そんな大声を出したのは、いつぶりだろう?
 後から考えるとそう思うくらい、喉が張り裂けるかと思うくらいみくは叫んだ。その叫び声の鋭さに、一瞬だけりんが怯んだのが幸いだった。みくはりんに飛びついて、その手の中から短刀を払い落とす。よく砥がれたそれは、畳に突き刺さって鈍い音を立てた。
 「やめて、やめてやめてやめて」
 みくはりんの頭を胸に押し付けるようにして抱きしめて、強く強く、腕に力を込める。恐怖で震える体を鎮めるようとでもするように、強く強く。
 「死なないで。死のうとしないで。おりんちゃんが悪いんじゃない。おりんちゃんのせいじゃないでしょう? そんな事くらいで、切腹させる人が悪いんでしょう?」
 「切腹させるひと?」
 「そうだよ」
 「でも、廉が死んだ事には変わりない。あの子がもう、居ない事には……」
 りんの、普段からは想像がつかないくらい覇気の抜けた声に、みくはぞっとする。
 慌ててその両肩を掴んで、その目を覗き込んで、その視線を捉えようとする。名前を呼んで、それでも反応がないから、強く両手に力を込めて、言った。
 「……復讐、しなきゃ」
 「え?」
 「ここは天下の遊廓だもの。有名な殿様だって、いっぱいいらっしゃるの。切腹させた人だって、来ているかもしれない。無念に死んで行った廉さんのために、おりんちゃん」
 「復讐?」
 「そう、敵討ち」
 「かたきうち」
 りんはその言葉を何度か、口の中で転がすようにした。
 「うん、そうだよ。敵討ち。私も手伝うから」
 みくはその度に、なんども耳元でそう呟いた。教え込むように。りんの中にその言葉を刻みつけるように……。
  
                        ★・★・★

 竹で作られた鋭い柵の向こう側を、みくはじっと見詰めていた。夕暮れ時の空は不気味なくらい赤く燃えていて、それを背にして、視界の先に居る人は影のように黒く見えた。 
柵の周りには人だかりが出来ていて、その人々が何か余計なことをしないようにか、柵の内側に槍を持った役人が何人も厳しい顔をして立ってこちらを向いていた。
 柵を握ってしがみつくようにしていたみくの右手をずっと握っていたのは芽衣子の左手だった。みくと同じく柵の中の人を一心に見詰める芽衣子の顔面は蒼白で、目の下には痛々しいくまが、青黒くくっきりと浮かび上がっていた。
 視線の先にあるのは慣れ親しんだ人の姿だった。木の棒を十字に組み合わせた柱に体を縛られ、その状態で役人の読み上げる罪状を聞いていた。
 カラスがどこかで鳴いている声が聞こえた。人々がみくの周囲でひっきりなしに喋っていた。でも、どれもみくにはどうでも良いことだった。みくはただ、いまだ信じられない面持ちでその光景を見ていただけだった。
 三日前の朝、みくと一緒に朝食を食べていた兄が突然やってきた役人に引っ張られていき、次に兄の姿を見たのは今この瞬間なのだから、思考がまるで追いつかない。
 それでも、目の前の行為は着々と進んで行く。役人は、罪状を読み終えると、後ろに下がった。別の、槍を持った役人が二人、兄の両脇に立つと、柵の周囲を囲む人々が静まり返った。緊張感がその場を支配する。無意識であろう芽衣子の爪が、みくの手の甲に食い込んだ。
 みくは、大きく目を見開いた。
 何が起こっているのだろう? 一体、何が?
 これは、悪い夢だろうか? 自分への、罰だろうか?
 「兄さん」
 ようやく出た声は、金切り声のようだった。柱に縛られた人物が、こちらを向いた気がした。
 「兄さん。 兄さん。 兄さん!!」
 一度声が出てくると、迸(ほとばし)るように言葉が口から噴出した。
 「嫌だ! 何で! 何で!……嫌だ! 死んじゃ、嫌だ」
 芽衣子が、隣で自分の口を覆った。それでも、耐えられない嗚咽の気配はみくに伝わってきた。みくは喉が裂けるように痛むのも構わず、叫び続ける。兄さん兄さん兄さん……。
 赤い夕日がようやく色を抑え、薄藍の黄昏の中で、ようやくその人の顔が見えていた。彼は、こちらを見ていた。みくをか、それとも芽衣子をか。それは知れないけれど。
 そして彼は、悲しそうに、困ったように、それでもいつものように微笑んでいた。微笑んで、その口が、微かに動いた。
 『御免ね』
 みくに、なのか。芽衣子に、なのか。
 「兄さん! 嫌だ。駄目。死なないで。何でっ……」
 役人の槍が、兄のほうに向かってものものしく構えられる。
 「……ごめんなさいっ」
 耳を塞ぎたいほどに痛々しい、兄の断末の声が辺り一帯に響き渡る。
 そして、大切な兄は失われた。大切な、大切なみくの兄は。みくの愛した人は……。

⇒第八話へ続く。

鏡音ーズ大好きです。超大好きです。
どっちのが好きかって言われたら僅差でリンちゃんです。

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