Subway rat’s racing

投稿日:2020/09/25 20:10:58 | 文字数:1,738文字 | 閲覧数:16 | カテゴリ:小説

ライセンス:

りょう@シャレオツP様の『Subway rat’s racing』をノベライズさせていただきました。

ラットレースを降りる人もいる。走り続ける人もいる。
私は一体どちらだろう。

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▼ノベライズ元の楽曲▼

『Subway rat’s racing』

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=WBWTjHp6kG8

ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37427404
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TEXT
 

 風が髪を巻き上げる。私は片手で髪を押さえてどこまでも続きそうな階段を下った。さ
っきまでいたクラブの喧騒と照明、それからダンスで火照った体が冷めていく。私は胸の
奥まで吹き付けた風に気づかない振りをしながら込み合う改札を抜け、足を速めてホーム
に向かった。ちょうどホームに滑り込んできた電車に体を割り込ませる。
 扉が閉まり、電車が走り出す。窓の外で黒い景色が流れていった。
 ―どこに帰ろうとしているの?
 私は暗い窓に映りこんだ自分の姿に問いかけた。
 ―行先なんてない癖に。
 私は私の体が向かおうとしている先を知っていた。ほんの数週間前まで彼と一緒に暮ら
していた小さなアパート。幸せの象徴みたいなその箱へ私の足は未練がましく向かってい
た。鍵も何もかも返した私に居場所がないことくらい知っているのに。
 早く次の住処を決めなくてはいけない。それなのに私はこうして夜ごと灯りのともった
街をふらつきまわり、ひと時の喧騒に身を任せて踊り、それにも疲れると適当なホテルか
ネカフェで孤独な時間を潰している。
 電車が緩やかに止まり、乗り換えの駅に着いた。私は半分自動的に電車を降り、次の乗
り場に向かうためにホームを歩き始めた。
 だけど階段を下ったあたりで私は足を止めた。行先のホームでは夜も更けてきたにも関
わらず多くの人がたむろしている。ホームに駅員のアナウンスが流れる。
 人身事故。列車の停止。復旧のめどは立たず。
 私はそれを聞くと踵を返して今下ってきた階段を上り始めた。背後では帰り損ねた人々
がまだ右往左往していた。人々の不安げな騒めきや電話をかける男の半分怒鳴ったような
声が響いている。私は背中でその喧騒に別れを告げた。
 この駅を出て一駅歩けば別の路線の地下鉄に乗れる。そこまで歩くつもりだった。
 駅の出口を抜けると急に冷えた風が吹き抜けた。私は酔っ払いたちが千鳥足で歩く明か
りの下をただ一人歩いた。声をかけてくる若い男の酒臭い息をかわすように通り過ぎる。
 ふいにゴミ溜めから這い出してきた鼠が足元を駆け抜けた。私は思わず足を止めた。誰
も彼もあの汚い鼠のように毎晩この街を駆け抜けている。そんな気がした。
 ラットレース。ゴールなんてどこにもないのに。
 隣駅に着くと私はまた階段を下った。薄暗い照明の下、改札のその先へ。ホームはどこ
までも下った先にある。
 ホームに立つとアナウンスが電車のまもなくの到着を告げた。私の頭に電車に向かって
飛び込んだ人のことがちらつく。彼か彼女か知らないが、そいつは手っ取り早くこのラッ
トレースを降りたのだ。最低で、最高な方法で。
 ホームの下に敷かれた黒い線路が急に魅惑的に見えた。ああ、まるで鼠を誘い込むため
に罠の前に置かれたチーズのようだ。私はホームの端でそっと片足を浮かせ、前に向かっ
て体重をかけた。
 その瞬間頭の中をいろんなものが駆け巡った。遠くなっていく彼の顔。酔っ払いたちの
千鳥足。足元を駆けていく鼠。そして、線路に飛び込んだ名前も知らない誰か。
 私はほんの一瞬迷ってから片足を元通りの位置に戻した。
 その瞬間、電車が風を切り裂いて私の前に走りこんできた。到着のアナウンスとともに
電車の扉が開き、人々がまばらにホームに降り立つ。私は何事もなかったかのような顔で
電車の中に乗り込んだ。
 電車は空いていた。端の席に腰を下ろして手すりに頭をもたれかけさせる。それから私
は目を閉じ、胸の中で呟いた。

 ―私はラットレースを降りない。汚泥もゴミ山も乗り越えて闇雲だろうと走ってみせる

 電車が走り出した。三駅走ったところで電車は彼と住んでいたアパートの最寄り駅に到
着した。だけど私は立ち上がらなかった。私は座ったまま駅名の表示板が再び流れていく
のを見送った。
 電車はやがて終点に着いた。ぽつぽつと席に座る人々が立ち上がる。私もその人たちに
遅れないよう立ち上がった。
 この駅を出れば私はまた明日へのチケットを得るだろう。行先も、あてもなくても。
 私は小さく笑うと明るく照らされたホームの下に降り立った。
 たぶん明日には私は次のアパートを決める。そんな気がした。

ボカロ楽曲を題材にしたオリジナル小説を投稿します。
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