童話資料:夢みる小鳥編(途中)

投稿日:2008/09/16 03:02:25 | 文字数:2,079文字 | 閲覧数:212 | カテゴリ:その他

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鳥をテーマにした民話・伝承を集めてみました。
もっとも、非常にメジャーな作品である『青い鳥』などは扱ってません。現在まだ作成途中なので、これからもっと増やす予定~。

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1.ハルシオン
2.風の神の娘ハルシオンは、明けの明星の息子クユクスと仲むつまじい夫婦として暮らしていた。しかし、あるときクユクスは船の難破で命を落としてしまい、哀しんだハルシオンは後を追って海に身を投げてしまう。二人を哀れんだゼウスは二人を海カワセミ(ハルシオン)の姿へと変える。それ以降、並みの間にハルシオンが巣を作り雛をかえすときには海も嵐となることを避けて静かに凪ぐようになったという。
3.ギリシャ神話より。この故事によりハルシオンは英語で”平穏”を意味し、”ハルシオン・デイズ”というと平穏無事な日々、という意味になった。

1.ねずの木の話
2.あるところに妻を亡くしたきこりと美しい息子がいた。後にきこりは後妻を貰うが、後妻は継子が美しく、自分の実子である娘に遺産が受け継がれないことを思い、おおきな木の櫃の蓋で継子の首を切断、殺してしまう。継母はそのことが夫にばれることを恐れ、その罪を自分の娘に着せた上、死んだ継子を煮込んでスープにし夫(つまり父親)に食べさせてしまう。兄を自分が殺してしまったと嘆き哀しんだ妹は、その骨をあつめて杜松の木の下に埋める。すると、杜松の木の下から死んだ継子が美しい小鳥となって飛び立った。小鳥となった継子は金の鎖と上等の靴、大きな石臼を歌によって手に入れ、妹に鎖、父に靴を与えた後、外に出てきた継母の上に石臼を落として殺す。その後継子は人間となって蘇り、幸せに暮らした。
3.グリム童話より。とにかく前半の継母の陰惨な仕打ちが頭に残るが、それゆえに後半、小鳥となった継子の復讐劇がまた空恐ろしく感じられる話。継子が変身した小鳥は姿も声も非常に美しいが、さえずる歌の内容は恐ろしい…

1.トゥオネラの白鳥
2.トゥオネラとは冥界の入り口に流れる川。そこには美しい白鳥が棲んでいる。英雄レンミンカイネンはとある姫君と婚礼をあげるための条件としてトゥオネラの白鳥を射ることを要求されたという。
3.北欧の叙事詩”カレワラ”また同作品をテーマにしたシベリウスの楽曲より。冥界の暗い川を泳ぐ真っ白な白鳥のイメージは、絵画にもテーマとされている。また、白鳥は己の死を悟ったときにのみ歌を歌うともされており(スワン・ソングという)、もしかしたらトゥオネラの白鳥ともイメージ的につながりがあるかもしれない。

1.海を埋める精衛
2.中国の神代の偉大な皇帝、炎帝には女娃(じょあ)という名の娘がいた。彼女は東の海に遊びにいったとき大波に飲まれて死んでしまうが、精衛という名のちいさな小鳥となって蘇った。彼女は己を飲んだ東海を埋め立てるため、小さな木片や小石をくわえては東海に落とすことを繰り返しているという。
3.精衛とは海燕の仲間のことを言う。彼女の行いの意志の強さは当時の文人の心に触れたらしく、彼女のことをうたった詩も残っている。

1.姑獲鳥
2.夜行性の鳥であり、羽毛を脱ぐと人間の姿になる。特に人間の姿をとったときの姑獲鳥を「天帝少女」といい、その姿の姑獲鳥の羽毛を隠すと妻になってくれることもあるという。が、もしも羽毛を見つければ、すぐさま姑獲鳥は鳥の姿に戻り、子どももろとも飛び去ってしまう。
また、姑獲鳥に子どもの無い場合、人間の女児をさらって仲間にかえてしまうという。さらいたい女児がいる場合、その布団が干してあるものに血を一滴垂らして目印にしたため、姑獲鳥がいるとされる地方では夜中に子どもの布団を干すことは禁忌とされた。
3.日本の「うぶめ」ではなく、れっきとした別の妖怪だが、後に混同されたらしい。ちなみに別名としては『釣星』『夜行遊女』などというものもある。

1.善知鳥(うとう)
2.善知鳥というのは浜辺に巣を作る鳥の一種で、親子の情愛が深いことで知られていた。が、親が「うとう」と鳴くと雛が「やすかた」と答えるということが知られていたため、猟師による鳴き真似にも答える雛は簡単に捕らえられてしまう。愛する子どもを奪われた親鳥は猟師を深く怨み、殺業で猟師が地獄に堕ちた後は、鉄のかぎづめとくちばしをもつ化鳥となって猟師をさいなんだという。
3.元は民話、主には能楽の『善知鳥』より。能は善知鳥の情愛が深いことを知って惨いことを分かりながら、生活のために狩りをしなければならなかった猟師の悲哀がピックアップされている。なんか哀しい。

1.慈悲心鳥
2.能登地方に伝わる伝説。当時、能登では干し魚を作るとき、浜辺に干した魚がカモメなどに取られないよう見張りをさせるため、身寄りのない子どもを使っていた。しかし、熱い浜辺での重労働は幼い子どもたちには辛いもので、子どもたちは次々と乾きと熱に倒れて死んでいった。当時、雨が降る日のみは仕事が休みになることを知っていた子どもたちは、死後小鳥へと生まれ変わり、「チーフレ、チーフレ(ちっとでも降れ)」と鳴くようになったという。
3.貧しかった時代の日本の哀しさがしみじみと伝わってくる民話… 慈悲心鳥という名前もまた哀しい。収録は柳田國男による。

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