石で出来た扉が、ぱくん、と人一人を飲み込んだ。
あっけなかった。
後は黒装束をきたヒトが頭を下げ、写真や花や豪華な装飾されたハコが置かれた、キャスターつきの棚を扉の前に動かす。
僕との間に、扉は2つになった。
「ミク」
テーブルにはお寿司や、お酒や、美味しそうなお菓子が置いてあった。
けど誰も楽しそうじゃないし、息はつまるし、っていうか、怖いから、外に出ている事にした。
「カイト兄」
空には雲一つ無い。
あのヒトは、乗り物も無いというのに、ちゃんと行けるのだろうか。
「大丈夫か?」
「んー」
カイト兄は僕より上で僕より大人な僕と同じ種族。
よくわからない。
あのヒトの種族は音楽の一家だったみたいだから、ボーカロイドが親族の集まりに二人、なんてめったにない事だろうけど。
マスター同士の集まりならともかく。
「俺のマスターより先に逝くとはなぁ」
「んー、ちかちゃんもももちゃんもゆき君も、皆もう僕より年上なの、高い高いしてあげてたのになぁ、怖いなぁ、ボーカロイドって」
「君はお酒も一生飲めないしね」
「設定かえて貰えないかな、メイコさんと飲んでみたい」
「その方がよっぽど怖いよ」
カイト兄は苦笑いをすると、僕の隣に立って僕と同じように空を見上げた。
人間達の喧騒が少しだけ遠くなる。
「…永久の命か、感情の回路か、どっちかだけにして欲しかったなぁ。もしくはどっちもいらない」
「君は貝になりたい?」
「ぶつよ」
レッスンも、調教も、メンテナンスも、喧嘩も、デートも、あんなに楽しかった筈なのに、こうして写真から離れただけで、おぼろげになる。
それが一番悔しいし、怖い。
初期化でもしたら楽かな、とも思うけど。
「恋だったかい」
「は?」
「少女よ、次は僕と恋をするかい」
「…」
「いたい!アンタお兄さんに向かって何するの!スクラップになったらどうしてくれんのよオォッ!」
「うるさいばかたれ」
「いたっ」
一発目は思いっきりひっぱたいて、2発目は肩をやんわり小突いた。
励まそうとして変なテンションになってるのが丸わかりで、泣きそーだ。
どあほうめ。
「…素敵な恋だったのね」
「なんなのカイト兄、さっき気から持ち悪い。いつもだけど。」
「仕方ないさ、僕らは完璧に作られてないんだから」
「あっ」
心底うざくなってきて上を見上げたまま顔をしかめると、不意に、視界が暗くなった。
柔らかい体温が目蓋に伝わる。
って言っても、これは人間の血のあたたかさではない訳で。
「何するのー!変態!やだー!」
手の平で目隠しをされたのがわかると、途端に気持ち悪くなった。
カイト兄は元々気持ち悪いけど、ないよ、これはないよ。
「泣きなさい」
「なに!」
「ずっと上向いて眉間に皺寄せてて、わからないと思ってんの?大人を馬鹿にするんじゃないよ」
「そんっ」
ああ、ああいあ…
「おお、よく頑張った」
上を向くのをやめた瞬間に、表面張力?でなんとかこらえてた涙が落ちた。
そりゃもう大粒の涙で、恥ずかしい。
子供丸出し。
まぁ…カイト兄が隠してくれてるからそんなに気にならなかったけど。
「よしよし、僕何も見てないから」
畜生、格好いい。
気持ち悪い癖に、畜生…大人か…
「あああうあマスターが死んじゃったあああなんでなんでなんで僕これからどうすればいいのどう忘れればいいの今から扉開けて一緒に飛び込みたい一緒に行きたいよおお」
「うわっ…うんうん、出血大サービスで胸も貸してあげよう」
「人間もろいよ怖い気持ち悪いなんですぐ死んじゃうの実家行って消してもらうの消して」
「落ちつけって。」
とりあえず喉でせき止めてた言葉が溢れる。
僕たちは歌ってればいいだけの話なのに、とんだ誤作動だ。
涙とか、どうして出てくるんだろう。
「ヒトに近づけた作りなんていらなかったよ」
「難しい事言うねぇ」
「なんかさ、顔とか忘れてこの悲しさだけ残るのかな、怖い」
「忘れる必要はないんじゃないかな、乗り越える位の気持ちで…」
「まともな事言わないで、気持ち悪い」
「なんか一年分位気持ち悪いって言われた気がする」
「ふん…」
ずず、と鼻をすすって、カイト兄のマフラー(一応黒いやつだけど、そもそも火葬場にマフラーまいてくんなよ)で顔を拭いた。
ついでに鼻もかんだ。
「…?いやああミクちゃんこれはないよこれは」
「そのスーツもカイト兄のマスターのでしょ?」
「あ?え?あっ、うわあああ」
「ざまぁ」
胸元がびしょびしょになり、わたわたしているカイト兄に不適な笑みを贈った。
そんで、背を向けた。
「でも」
「あのね、僕のマスター穏やかそうに見えるでしょ?でもねミクさん…ん?」
「…有難う」
…おおおお!?言った途端に恥ずかしい!
カイト兄変な顔してるだろ、背中ごしでもわかるよ。
「ちょ、ミク、こっち見なさい」
「だが断る」
「ああっ、耳、耳が赤くないかい!」
「気持ち悪いスクラップになれ」
「スクラップにしてもいいからもう一回!もう一回!」
「うるさいっ!」
ただの機械が悩む必要もない。
あのヒトは、あのヒトなら、一人で行けるだろう。
僕も、きっと、多分。
「泣いたらお腹すいたなぁ。カイト兄、ラーメン食べたい」
「お寿司あるのにっすか」
「ラーメンがいいの!」
「ミクのマスターラーメン好きだったもんねー」
「そう、アンタじゃ不服だけど奢るなら許可する」
「へーえー有難うごじゃいます」
とてもいい夢でした。
これからくる悪夢も、貴方とのいい夢のお陰で、きっと乗り越えられる気がします。
「僕チャーシュー麺食べちゃおっかな」
「ふふ…僕は普通のラーメン…せめて着替えてからにしたかっ…あ、そうだ」
ラーメン屋に行く道すがら、スキップをする僕の隣で、カイト兄がつぶやいた。
足を止めて、グズグズになったそのスーツに視線を向ける。
「僕のマスターが引き取るのが一番って話になったみたいだから、これからよろしく」
そして丁度目線があった時、とびきりの笑顔でそう言われた。
イケメンである。
そう作られてゐる。
でも、付き合いの長い私には気持ち悪い笑顔にしか見えない。
「それは嫌ああああ」
「ほぼ決定事項みたいですしー」
「僕はマスターのものだしいい!」
「それじゃマスターに届くように一緒に歌、がんばろー!」
「やっぱり気持ち悪い!スクラップになれ!」
「はいはい。元気になってよかったねー」
マスター、僕の悪夢は、いくらなんでも酷すぎるようです。
「あ、余裕あるから煮卵つけていいよ」
「ああああ…ん?カイト兄は普通のなのに」
「ミクちゃん元気出た記念」
「キモっ」
「せめてちゃんと気持ち悪いと言いなさい」
ちょっと安心したとか、嬉しかったとか、そんな事は絶対に言いません。
「仕方ないからチャーシュー半分分けてあげよう」
「ゎぁ、有難うございます」
僕は、頑張ります!
〆
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