狭い小鳥の籠の中にて 第九話

投稿日:2010/01/03 18:34:27 | 文字数:3,894文字 | 閲覧数:153 | カテゴリ:小説

ライセンス:

次回で最終話です。
投稿する時に、毎度「ルールは守りましょう」的なピアプロ規約の4コマが出て、楽しいのですが、同時にチキンな私は毎度ブルブルしてます。
猟奇表現とか、子供が見てるのも考えてね、とか辺りに該当、しないよね? しないよね!! と自分に言い聞かせて投稿してます。
…しないよね??

前のページへ
1
/1
次のページへ
TEXT
 

 (どうして、こんなに周到に準備ができているのだろう)
 上手く考えられない頭で、りんは部屋に並べられた白い粉を見つめていた。酒に溶かす眠り薬だというそれを、みくはどこで手に入れたのだろう? いつの間に手に入れたのだろう?
 薄っすらとはそういう疑問は頭に浮かんだけれど、よく考えられない、何も難しいことを考えたくない頭の中ではそれは割とどうでも良い事だった。
 ただ、みくの言いつけに従って酒にその粉を混ぜる事だけを考えていれば良かった。それから油を撒いて、火をつければ良いのだ。
 それは、危険なことだった。見つかったらば、ただ事では済まされないはずだ。だけど、みくはこの廓の中の何もかもを知り尽くしていた。人の通らない廊下や部屋を、隠れる場所を。どこに置かれたものがどの座敷に出されるものなのか。 
 「みく姐さんが、殿を刺すの?」
 みくの立てた計画を聞いて、りんがひっかかったのは、そこだけだった。出来れば自分が、自分の手で、その人を屠りたかった。
 「おりんちゃんよりも、私の方が、殿は油断してくれるから」
 「でも、みく姐さんには、帰る場所があるから」
 「え?」
 「芽衣子さんは、みく姐さんと暮らしたいって。そういうつもりだって。……あたしには何もないから、もう、行く場所も帰る場所も、何もないから。あたしの方が」
 殿を刺して、火をつけて、この憎らしい廓ごと火にくべてしまうという単純な計画。単純だけれど、多分、生きては戻れない計画。
 みくは微かに笑った。そっと手を伸ばして、りんの脇に落ちた髪を掻きあげてやると、その目を覗き込んだ。
 「私は、芽衣子姉さんのところに行く気はないよ。だから、ね。おりんちゃん、一緒にいこう。どうせ殿を刺せなくたって刺せたって同じよ。行き着くところは一緒なんだから、一緒に、逝こう」
 ___地獄へ。
 りんはじっとみくの瞳を見つめ返して、それからゆっくりと頷いた。

 その火は、風の強い夜だった。殿が来ることは、事前の約束で知っていた。
 月のない夜だったので、窓から星の輝きがよく見えた。みくは急に思い立ったように、はくに芽衣子へとお遣いを頼んだ。驚くはくに、いつもと変わらず微笑んで、包みと手紙を託した。
 その行為自体が、りんへの、決行の合図でもあった。
 りんは小分けにされた粉の入った包みを胸元に忍ばせて、はくが居ない代わりという名目で、みくの後に従った。
 遊女としてではなく、付き人としてでも座敷に出るのはりんにはこれが初めてだったが、そんな事に気を払っている余裕はりんにはなかった。ただ、目前に迫る計画の事だけが、頭を占めていた。だから、初めて見た座敷の煌びやかさに目が眩んだのも一瞬で、すぐに中を見渡して、みくが描いてくれた図面と頭の中で合致させ、後は淡々と言われた事に従っていた。
 給仕のふりをしてこっそり幾度か席を立ち、予定していた計画は全て行い、一安心したところだった。殿が、端の方で目立たぬようにしていたりんに気がついたのは。
殿は面白そうに手招きし、りんに酌を命じた。流石に、りんは震える手でそれを行う。本当はその理由ではなかったにもかかわらず、周囲は初の座敷で緊張しているものを思ってくれたのが幸いだった。
 少々安心し、次いでみくに酌をする。だが、何かの拍子にみくの手に持つ杯が落ちて、みくの手と着物にかかってしまった。
 「ああ」
 絶望的な叫び声をあげるりんを面白そうに見遣って、殿は「よい」と言ってから、みくの酒のかかった白い手を取り上げると、自分の口元にそれを持って行って、軽く舐めあげる。
 「足りんな」
 りんは思わず赤面して、慌てて俯いて畳を見た。
 「殿、たわいもないお戯れで、可愛い子をおからかいになりませんよう」
 みくはいつもと変わらない柔らかい口調で咎めると、膝を払って立ち上がった。
 「少し失礼して、着物を変えて参ります。そうだ、おりんちゃん、一緒においで。部屋に戻って鳥駕籠を取ってきましょう。殿にお見せするの」
 「でも……」
 りんは戸惑う。こんな事は、計画にはないはずだ。
 だけど、みくは微笑んでりんに手を伸ばすから、りんは不可解ながらそれに従った。

 「急にね、小鳥が。可哀想になったの」
 みくは素早く着物を変えながらりんに言った。
 「今更?」
 「放してやらなくちゃ。人と違って、鳥には罪はないんだもの」
 言われて、りんは駕籠に近づいてその入り口を開けようとした。すると、みくは慌てて駄目駄目という。
 「町中では捕まってしまうから、外に出て、ちょっと離れたところで放してあげて」
 「でも……」
 一体今更、何を言い出すのかとりんが訝ると、みくは困ったように笑った。
 「実は、ちょっと酔いが回ってしまって。少し醒まさないと何にも出来ないわ。夜は長いのだし……今のうちに行ってきてしまって」
 なんという緊張感のなさ!
 りんがちょっと呆れているのに少し面目なさそうな顔をして、着付け終わって歩き出しながら、入り口に鳥駕籠を持ったままのりんを押し出すようにする。
 「さ、早く行ってきて。気がかりな事は全て片付けてしまった方がいいのだから」
 強引に押し出されて、りんは渋々鳥かごを持ったまま、廓を走り出た。
 
 「さて」
 りんの階段を駆け下りる音を聞きながら、みくは座敷に向かって歩き始めた。とうとう、舞台の始まり。いよいよが、全ての本番。
 豪奢な提灯の光が、目の前を揺らす。装飾の華やかな格子のはまった窓を脇に見ながら、慣れ親しんだ廊下を歩みながら、呼吸を整える。
 本日を持ちまして、こちらも見納め____。
 軽く目を伏せる。
 思い出されるのは、以前の自分。そして、以前の殿。

                    ★・★・★

 みくは慣れ親しんだ農道を一人で駆けていた。
 寒い冬の夜で、吐く息が白く宙に浮いては消えた。空は満点の星空だった。
 胸の中は乱れに乱れていた。顔中、涙で濡れていた。
 走り続けて、暗闇の中に見慣れた人影を見つけて、みくは足を緩めた。それは近頃この辺りでしばしば見かけるようになったお侍だ。だらしのない格好でふらふらしている人で、集落の人々は皆、どことなく警戒して彼を見ていたが、みくはその人が嫌いではなかった。何度か人目のない時に言葉を交わしたこともあった。男は、冷たそうな顔に似合わず、話すと快活で、そして意外にも子供好きのようだった。何度かみくは男の手から、砂糖菓子などを与えられた事もあった。
 「どこの子鬼かと思ったら、そなたか」
 男は夜闇の中に白い煙管の煙を細く流していたが、みくの姿を認めて、そう声を掛けてきた。それから、目を細めて暗闇の中にみくの顔を見分けて、少し柔らかい口調になった。
 「どうした? 泣いているな」 
 みくは走ってきた後の荒い息で、男の顔を見上げた。男の労わりの言葉を聞くと、涙がまた、次から次へと流れて出た。
 「また、兄上殿の事で何かあったか」
 男は見透かしたように言って、面白くもなさそうに白い煙をまた、夜空へ向かって吐き出した。
 みくはそれで、先ほど自分が見てしまった、聞いてしまった光景をまた、まざまざと思い出した。
 みくが既に眠ってしまったと思い込んでいた兄は、芽衣子に向かって、真剣な眼差しで、緊張で僅かに震える声で、言った。
 「明日の一揆が成功したら、何もかも上手く行ったら、一緒になろう」
 何も答えない芽衣子の膝に乗った両手を、勢い余ったように握って、強く握って。
 「僕と、お前と、みくと三人で。一緒に暮らそう」
 みくはその答えを聞かなかった。薄く開いた障子の隙間から身を離して、耳をふさいだ。
 そして、反対側の縁側からそっと、家を抜け出した。
 みくは知っていた。芽衣子が兄を想っている事を。ふたりの邪魔をするのは全て自分の想いだけであることを。そして、それでも自分が二人の仲を認められないことを。兄を、諦められない事を。
 知っていた。
 兄の眼差しや、声や、手や、笑顔や……どれをとっても好きだった。狂おしいほどにそれらが欲しかった。どうしても。どうしても。
 「あなた、本当はお役人なんでしょう?」
 みくは、目の前に立つ男を、睨みつけるようにしてそう言った。
 「みんな噂してる。お役人が身をやつして、何かを嗅ぎまわってるって」
 「それはそれは」
 男は同意もしなければ否とも言わなかった。
 みくは探るように男を睨みつけながら、冷たい空気を吸い込んだ。胸に、痺れるような痛みを感じる。
 「お役人なら、どうにかして。明日の一揆を成功させないで。兄さんと芽衣子姉さんを結婚させないで」
 男の目が大きく見開かれる。みくはそれを強い瞳で見返した。

 (まさか、あれが領主様直々の様子見だったとは思わなかったけれど)
 みくは皮肉気に、その時のことを思い返しながら、そう考えた。殿の待つ座敷へは、あと数歩しかない。見ている者も、運良く誰もいない。
 (そしてまさか、兄さんが殺されてしまうとも、思っても見なかったけれど)
 それは、子供だった自分の考えの甘さだったろうか?
 それでもやはり、罪は罪なのだけれど。
 みくは袂を探って火打石を取り出す。周囲を見渡して、りんが仕掛けておいてくれたはずの油やら導火線やらを見つけて、仕事振りの良い子だと改めて感心してから、身を屈めて火をつけた。

⇒最終話へ続く。

鏡音ーズ大好きです。超大好きです。
どっちのが好きかって言われたら僅差でリンちゃんです。

もっと見る

作品へのコメント0

ピアプロにログインして作品にコメントをしましょう!

新規登録|ログイン

オススメ作品10/30

もっと見る

▲TOP