耳に届いた蝉の合唱。そのやかましさに、少し顔をしかめる。
まだ残る眠気で、ベットの上をごろごろ転がる。視界の端にチラリと映った目覚まし時計が指しているのは6時半。夏休みに入ったから学校はないし、部活は午後からだし、まだ寝ていていいはずだ。
寝返りをうって、もう一度、意識を夢の世界へ戻そうとする。
その時だった。
カラーン!!と乾いた音がして、その瞬間私の足はベットを降り、デスクの傍にあった。
「がくぽ大丈夫!?」
「ふ、え……」
目に涙を溜めながらこちらを上目遣いに見てくるがくぽに、不覚にもきゅんとしてしまったがそれを悟られないよう心配する。
「何があったの?」
机の上に目を向けると、転がったがくぽの寝床であるプラスチック製の茶碗とこぼれ落ちたティッシュ数枚。
「寝相でも悪かった?」
机の上のボーキャラは顔を赤らめながらも頷いた。そこにもまたときめいてしまう。
さっきから額を押さえてるのは茶碗から落ちたときにぶつけてしまったからだろうか。すぐに絆創膏を持ってこなくては。
「ばんそーこー持ってくるからちょっと待っててね」
大人しく首を縦に振ったがくぽを確かめて、私は部屋を出た。






「はい、これでよしっと!」
「すまないござる」
私を見上げて無邪気に笑うがくぽの額には、サイズを合わせるために端を切った絆創膏が貼られている。
「それにしても、そんなに熟睡してたの?」
パジャマ姿のまま椅子に座り、お茶を一口飲む。うん、よくできてる。
「今日はよく寝られたでござる」
「そっか、良かったじゃん」
がくぽにもお茶を渡してやると、ふーふーと冷まし始める。ボーキャラも温度を感じられるのかわからないが、その仕草は可愛らしいモノだ。
「そういえば、グミどの」
「なにー?」
「カイトどのにはいつ会わせてくれるでござるか?」
ピキリ。音を立てたかのように私の動きが止まる。そういえばそんな話もしたっけ、と今更ながら思い出した。
「うーん、まぁ、いつかねー!」
「そういって前もはぐらかされたでござる!」
頬を膨らませて起こる姿もそれはそれは可愛いのだが、表に出さないように澄ました表情で返す。
「カイトにだって予定があるでしょ?夏休みだからと言って、忙しい人は忙しいんだから」
「う……じゃあ、またの時にとっておくでござる」
渋々といった体で引き下がるがくぽ。次のときにはこの手は使えないな、と小さく溜息を漏らす。
別に来て貰えばいいのだが、それはそれで負けたようでなんか悔しい。その「なんか」の部分がわからないから、こうして先延ばしにしているのだ。
「じゃ、じゃあ、曲がほしいでござる!」
「曲?って、作るの?」
首を激しく縦に振る。思えばボーキャラは、歌に特化したものだった。
「そうだね……やってみてもいいかも」
瞬間目を輝かせたボーキャラの頭を優しく、強くなでた。






「んー、ここはこう、だな」
カチカチとキーを叩く音。マウスがテーブルとこすれる音。
モニターに映る五線譜に、次々と音符を入力していく。
「よし、できたっと」
激しく動いていた指を止め、ファイルを保存する。そして、リビングにあるプリンターにファイルを送る。
椅子から立ち上がり、腕を天井へ向けて伸びをする。ずっと座りっぱなしだったから体のいあちこちが痛くなった。
「は、はやいでござるな……まだ二時間でござるよ?」
「あー、うん、あと一時間くらいで部活行かなきゃだから。留守番するときに練習してて」
唖然とした表情で見上げてくるがくぽにさらっと返し、リビングへ向かう。壁際に置いてあるプリンターから、数枚の楽譜を取る。モニターに映るデータじゃなく、印字してみると結構変わってくるからだ。もちろん、気分的に。
小走りで部屋に戻り、紙を渡す。ボーキャラはその楽譜をじっくり見つめだした。
そのうち、小首をかしげる。
「グミどの、これ、歌詞がないでござる」
「あぁ、考えて歌って」
「ふぇぇ!?!?」
途端に表情を変え、こちらを凝視するがくぽ。
「歌い手が歌詞考えた方が感情入るかなーって」
「そういうことでござるか……でも、それにしても!」
「歌詞考えるの苦手なんだもん」
「グミどの……」
明らかに肩に落とすがくぽを見つめ、励ます。
「大丈夫、がくぽならできるよ!!」
「はぁ……わかったでござるよ……」
ちょうど、12時を知らせる時計の音が鳴った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

DTM! ―11―

がくぐみ回です。時間かかってすみません。楽しかったです。
グミちゃんはピアノとか音楽系の習い事もやってるのでしょうか。高級マンションに住んでてお茶やってるあたり、色々習ってそうです。

閲覧数:227

投稿日:2013/07/29 12:01:44

文字数:1,821文字

カテゴリ:小説

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  • kanpyo

    kanpyo

    その他

    数回、読ませて頂きました。

    表現がとても上手で、文章にもリズムがあり
    とても完成度が高いなと思いました。

    冒頭の書き出しが特に良かったです。
    小説を読む側にとって、どんな場所、どんな時間、
    というのをイメージさせてもらう事がとても重要で
    そういうシュチュエーションがすんなり想像できましたし
    小さく切ったバンソウコなどの小道具も
    とても可愛らしく思いました。

    がくぽとグミの微妙な距離感がカイトと
    関わる事でどういう風になるのかちょっと楽しみですね。

    とても素敵なエピソードでした。
    また順番がきましたら、よろしくお願いしますね。

    2013/08/14 11:42:04

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