ロミオとシンデレラ 外伝その六【母の苦悩】
投稿日:2011/09/03 22:26:18 | 文字数:3,919文字 | 閲覧数:808 | カテゴリ:小説
リンの継母であるカエさんのエピソードです。
書いた奴が言うのもなんですが、よくこれで十五年も結婚生活が持ったなあ……。相当根性無いと逃げ出しますよ、こんな家。
注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
リンの継母である、カエ(オリジナルキャラ)の視点で、第十一話【冷たくもなく、熱くもない】のサイドエピソードとなっています。
したがって、『ロミオとシンデレラ』を第十一話まで読み進めてから、読むことを推奨します。
【母の苦悩】
月曜の朝。リンは食欲が無いらしく、朝食をほとんど食べなかった。前の日もまともに食べていないのに、こんなことでは身体が持たない。
「リン、ちゃんと食べないと駄目よ。昨日もろくに食べてないでしょう?」
「…………」
リンは沈んだ表情で、目の前の皿を見た。昨日も元気が無かった。……いや、違う。元気が無いのはいつもだ。今日は、それがとりわけひどいだけで。
「……もう行かないと遅れるから」
朝食を半分以上残したままで、リンは席を立ち、学校へと出かけて行った。最近、リンの考えていることがよくわからない。
「ルカ、どう思う?」
私は、朝のコーヒーを飲んでいる長女に、そう訊いてみた。
「何が?」
淡々とルカは尋ね返した。
「リンは、どこか具合が悪いんじゃないかしら」
「それなら、医者に連れて行けばいいわ。……ご馳走様」
ルカは空になったカップを置くと、出勤の準備をする為に、自分の部屋へと戻って行った。私はため息をついた。リンの考えていることがよくわからないのは最近からだが、ルカの考えていることがわからないのはもっと前からだ。どうしてなのだろう。
そもそも、私は、一体どこで間違えてしまったのだろうか。
十五年前、私は親族の勧めで、夫と結婚した。巡音グループという、大きな会社のトップに君臨する人。でも結婚に二度失敗していて、三人の幼い娘がいる。
「ほら、ああいう人だから、どうしても派手な女性が寄ってきちゃうでしょ。そういうのに目を眩まされて、二度も変なのつかんじゃったから、今度は堅実な人を探しているんですって。カエちゃんならぴったりだと思うのよ。辛抱強いし、家庭的でしょ」
一方私はというと、三年ほど前に身体を壊して勤め先を辞め、実家で行き場の無い生活を送っていた。一生こうしているわけにも行かない。親族の勧めるままに夫と見合いをすると、あっさりと話はまとまってしまった。
思うに、夫は結婚しておきたかったのだろう。金銭的には困っていないから、ベビーシッターでもお手伝いさんでも、簡単に雇って子供の面倒を見てもらうことは可能だ。だが夫は頭の固い人で、「子供には母親が必要」と考えていた。母親役をこなしてくれそうな人なら、きっと誰でも良かったのだ。そして、私は私で、経済的な安定と、社会的な立場を求めていた。要するに、お互いの利害が一致してしまったのだ。
結婚が決まり、夫になる家の人を訪問して、そこで私は初めて、自分の子供になる三人の娘たちに出会ったのだった。
「長女のルカ、九歳だ。こっちは次女のハク、六歳。それから三女のリン、二歳になったばかりだ。ルカ、ハク、リン。お前たちの新しいお母さんになる人だぞ」
「初めまして。ルカです。これからよろしくお願いします」
ルカと呼ばれた長女は、そう言って私に頭を下げた。その、あまりにも大人びた挨拶に、私は驚いてしまった。
「よ……よろしくね、ルカちゃん」
ルカは、物怖じせずに真っ直ぐに私をみつめた。その視線からは好意も敵意も感じられず、それが私を当惑させた。
「パパ、あたらしいママなんていらないよう。ママはどこにいったの? ママにあいたい」
そう言い出したのは、姉の隣に立っていた次女のハクだった。目には既に涙が浮かんでいる。
「ハク、わがまま言うんじゃない」
「やだやだやだ! あたらしいママなんていらないの!」
ハクは、すごい勢いで泣きわめきだした。
「いい加減にしないかっ!」
夫がハクを怒鳴りつける。私は呆然として、それを眺めていることしかできなかった。叱られたハクは、泣きながら走って行ってしまう。
「ハクちゃん!」
私は後を追おうとしたけれど、夫に止められてしまった。甘やかすなと言いたかったようだ。
立ち尽くしている私のスカートを、引っ張ったのは末っ子のリンだった。
「……だっこ」
「リンちゃん、初めまして」
私はリンを抱き上げると、頭を撫でた。
「ハクには後でよく言っておく。とにかく、子供たちのことを頼んだぞ」
それが、三人の娘たちと初めて会った時に、起きた出来事だった。
夫と結婚した私は、一度に三人の娘の母親になってしまった。そのことは自分では納得しているつもりだったし、自分なりに覚悟を決めて飛び込んだはずだった。だが、ことは私が思っていたよりも遥かに厄介だったのだ。
三人いた娘たちの中で、私に懐いたのはリンだけだった。長女のルカはひどく他人行儀だったし、次女のハクはふくれっ面で、私に対する敵意を隠そうともしなかった。
私は自分なりに、娘たちと仲良くなろうと試みてはみた。台所で得意だったクッキーやケーキを焼いて振る舞ったり、買い物に連れ出したり。だが、どれも上手くいかなかった。
ルカは、表面上はいい子だ。言われなくても勉強し、言われたことはちゃんとやり、禁じられたことは決してやらない。そういう子だった。お行儀も申し分なかったし、私は周囲から「できたお子さんでうらやましい」と、ずいぶん言われたものだった。だが、私には気になってならないことがあった。それは、ルカが全く遊ぼうとしないことだった。まだ遊ぶのが楽しい年頃だろうに、玩具の一つもほしがらないし、外に遊びに行こうともしない。不自然ではないだろうか? 相談してみても、夫は「いい子にしているんだから、それでいい」と、取り合ってくれなかった。夫だけではない。学校の先生などに話をしてみても「ルカちゃんは何の問題もない、いいお子さんです。お母さんは心配のしすぎですよ」と言われるだけだった。
一方で、ハクとリンは手がかかった。ハクは、全く私に懐こうとせず、何かというと泣いて暴れた。そしてリンの方はまだ幼児だったから、どうしても世話を焼いてやる必要があった。それに……全く懐かない上の二人に対し、私のことを慕って追いかけてくるリンは、いつしか特別な存在になってしまっていた。それが、良くないことであることを理解してはいたのだが……人の感情だけは、どうにもならない。
下の二人に時間をとられ、私はいつしかルカを一人にしておくことが多くなってしまった。そうして時間が経過し、気がつくと、私はルカのことが、全くわからなくなってしまっていた。
……だから、だろうか。ルカを一人にしておかなければ、良かったのだろうか。「あの子はいい子だから」ということに甘えないで、もっと早い時期に、ちゃんと向き合って話をしていれば、もしかしたら……。
私が物思いに耽っていると、電話が鳴った。お手伝いさんの一人が応対している声が聞こえてくる。やがて、お手伝いさんが、電話の子機を片手に部屋に入ってきた。
「奥様、お電話です。リンお嬢様の学校の校医の先生からです」
嫌な予感に襲われ、私は電話を手に取った。
「代わりました。リンの母です」
「校医の吉井です。今朝、巡音リンさんが校門のところで貧血を起こして倒れまして」
私は、頭の中が真っ白になった。やっぱり、あんな状態で送り出すべきじゃなかったのだ。
「今保健室で休んでいますが、どうされますか」
「すぐに迎えに行きます」
「わかりました」
私は電話を切ると、お手伝いさんに起きたことを話し、リンを迎えに行くので車を出すように運転手に伝えるように言った。すぐ準備は整ったので、私はバッグに必要そうなものを詰め込み、車に乗り込んで、リンの学校へと向かった。
「リン!」
リンは保健室のベッドの上に、不自然なほど青ざめて横になっていた。私は娘の傍に駆け寄ろうとして、校医の先生に気づいた。
「巡音さんのお母さんですね」
校医の先生は、リンの状態について話をしてくれた。私は黙って先生に何度も頭を下げ、それから、リンの傍に行った。
「リン、立てそう?」
リンはうなずいて、身体を起こした。だが、まだ見るからに辛そうだ。
「ふらつくけど……多分大丈夫」
私はリンを支えて、車まで連れて行った。後部座席に乗せ、自分もその隣に乗る。そして運転手に、自宅に向かうように告げた。
帰宅の車の途中で、不意に、リンはこう言い出した。
「……怒らないの?」
「何を?」
「朝ごはん食べなかったことと、それが原因で倒れて、手間をかけさせたこと」
リンは申し訳なさそうにそう言った。
「起きてしまったことは仕方がないから……リン、家に着いたらおかゆを作ってあげるから、それを食べて、今日は横になってなさい」
リンは頷いて、目を閉じた。その様子があまりにも弱々しくて、私は悲しくなった。初めて会った時、リンはまだ二つで、よく笑う明るい女の子だった。それなのに……。ここ数年、リンの笑顔を見た記憶はない。そして、年々、生気を失っていく。
どうしたらいいのか、それすらも私にはわからない。
この子に幸せになってほしいと願うのは、私のわがままだろうか。私は、本来、三人の娘を公平に愛してやらなくてはならない立場だ。だが、私も一人の人間だ。懐かなかった上の二人より、どうしてもリンを可愛いと思ってしまう。
……もしこの世に神様がいるとしたら、どうかこの子に、幸せな人生を。私には天罰が下っても、構いませんから。
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ロミオとシンデレラ 外伝その三【やさしいうそと、むごいうそ】
注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
外伝その二『ママ、かえってきて』から、三年後のハクを書いたもので、こちらもハク視点となっています。
三年生になったので、少し漢字が増えました。
【やさしいうそと、むごいうそ】
ロミオとシンデレラ 外伝その三【やさしいうそと、むごいうそ】
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ロミオとシンデレラ 第二十三話【恋とはどんなものかしら】後編
いいものなのか、嫌なものなのか。作品ごとに褒めてあったりそうでなかったりで、わたしには余計にわからない。
「うーん……俺とユイは中三の時に委員会が一緒で、それで仲良くなって、秋頃にユイが『好きでした』って言ってきて、それでつきあおうかって話になったんだけど、何せ中三の秋だろ。受験に追われてろくにデートする暇もなかったんだよね」
鏡音君はそんな話を始めた。
「デートできないと恋ってできないものなの?」
よくわからなかったので、わたしは訊いてみた。
ロミオとシンデレラ 第二十三話【恋とはどんなものかしら】後編
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ロミオとシンデレラ 第二十話【どうか扉を開けさせて】
月曜の朝、学校に行く前にハク姉さんに声をかけてみようかと思ったけれど、誰かに見咎められるのが嫌で、声をかけることはできなかった。お父さんやルカ姉さんとばったり会って、何をやっているのか訊かれたら答えづらいし……。
ちょっと暗い気分でわたしは朝食を食べ、学校に向かった。教室に入り、自分の席に座る。いつもならここで持ってきた本を開くところなのだけれど、今日はそういう気分になれない。わたしは席に座って、ただぼんやりとしていた。
「おはよう、巡音さん」
声をかけられて、わたしは振り向いた。……鏡音君だ。大体いつも、わたしより少し後の時間に登校している。
「おはよう、鏡音君」
ロミオとシンデレラ 第二十話【どうか扉を開けさせて】
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ロミオとシンデレラ 第十話【嵐】
日曜日がやって来た。今日は外出の予定はない。家で本でも読むか、オペラのDVDでも見てようかな……そんなことを考えながら、わたしは階下に降りて行こうとして、凍りついた。食堂から、お父さんとお母さんの話し声が聞こえてくる。ううん、これは、話しているんじゃない。
……喧嘩、しているんだ。
「朝からそんなくだらない話につきあう気はない!」
「くだらないことじゃないわ。ハクがひきこもってもう三年よ。やっぱり一度きちんとしたお医者様に見せるか、カウンセリングでも受けさせた方が」
「そんな恥ずかしい真似ができるか! 精神科に連れて行くことも、その手の医者を家に呼ぶことも許さん!」
ロミオとシンデレラ 第十話【嵐】
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アナザー:ロミオとシンデレラ 第三話【何故ならそれこそが恐怖だから】前編
土曜日の夕方。俺が自分の部屋で課題を片付けていると、携帯が鳴った。かけてきたのは……クオか。
「もしもし」
「よう」
「どうした?」
「ああ……えっと、お前、明日暇か?」
アナザー:ロミオとシンデレラ 第三話【何故ならそれこそが恐怖だから】前編
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アナザー:ロミオとシンデレラ 第十八話【ミクの奔走】
月曜の朝、わたしが教室に入ると、リンちゃんが鏡音君と話をしていた。見た感じだと、前よりもリンちゃんは打ち解けてきているみたい。……やったわ! クオにはお前の作戦全然効果なかったじゃないかとか言われたけど、なんだかんだで距離は縮まっていたのね。
わたしがリンちゃんにおはようと声をかけると、鏡音君は自分の席に戻って行った。もう少し話をさせておいてあげた方が良かったかな。でも、声をかけないと、それはそれで不自然に思われちゃうしね……。さてと。
「リンちゃん、鏡音君と何話してたの?」
多分まだ世間話の類だろうけれど、一応確認しておかなくっちゃ。
「あ……えっと……オペラの話」
アナザー:ロミオとシンデレラ 第十八話【ミクの奔走】
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アナザー:ロミオとシンデレラ 第十三話【来て一緒に歩こう】
巡音さんと話をしたその日の夜、俺は姉貴に日曜の予定について訊いてみた。
「日曜? 出かける用事も無いし、家にいるつもりだけど」
それが、姉貴の返事だった。
「じゃ、その日は家にいるんだ。俺、日曜に学校の友達を家に呼ぼうと思ってて」
「邪魔だから出かけててほしいってこと?」
アナザー:ロミオとシンデレラ 第十三話【来て一緒に歩こう】
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アナザー:ロミオとシンデレラ 第十七話【暗い表情の君を見たくない】
折角巡音さんとまともに話せたと思ったのに、帰宅後に姉貴が余計なことを言い出したせいで気分がぶち壊しだ。その日の夕食の際、俺は姉貴と全くといっていいほど口をきかなかった。大体、この状況で話せることなんかあるわけない。姉貴も一言も喋らなかったので、おそろしく寒々しい食卓となった。
そして翌日。姉貴の方は前日のことを忘れたのか、普通に「おはよう」と言って来たが、俺はそれを無視して、朝食を食べると学校に出かけて行った。
学校に着いて教室に入る。多分もう来ているだろうなと思いながら巡音さんの席の方に視線をやると、予想通り、そこに座っていた。珍しく本を広げていない。考え事でもしているのだろうか。
姉貴に言われたことが頭を過ぎったが、俺にそんなことに従う理由はない。そもそも、姉貴にあんなこと言われる筋合いだってないんだし。
「おはよう、巡音さん」
アナザー:ロミオとシンデレラ 第十七話【暗い表情の君を見たくない】
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ロミオとシンデレラ 外伝その八【あの子はカモメ】後編
その数日後の部室で、私はハクちゃんとたまたま二人になった。
「そう言えばハクちゃんのお母さん、珍しいわね。普通、レギュラー陣でもなかなか応援に来ないのに」
スポーツに力を入れているエリート校なら親も気合いが入るだろうけど、うちのような平均レベルの高校では、レギュラーでも応援に来るのは少数派だ。レギュラーでない子の親なら、皆無といっていい。うちの母だって仕事が忙しいから、そもそも応援にも来れないし。仕方ないけどね。……去年から、母子家庭になってしまったんだもの。もともと共働きの家庭だったけど、それ以降、母は今まで以上に仕事に打ち込むようになった。「しっかり稼いで、あんたたちを大学までは出させるから」って言うのが、最近の口癖。
……って、暗いぞ、私。落ち込まないって決めたんだ。私が落ち込んでたら、レンはどうなるの?
ハクちゃんは暗い表情で、うつむいた。そしてぽつんとこう言った。
ロミオとシンデレラ 外伝その八【あの子はカモメ】後編
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アナザー:ロミオとシンデレラ 第三話【何故ならそれこそが恐怖だから】後編
「いやああああっ!」
びっくりしてそっちを見る。初音さんが悲鳴をあげていた。あれれ。巡音さんも画面を見るどころじゃなく、初音さんを見ている。
こんな反応するってことは、初音さんってホラーが全くダメなタイプ? クオ、お前、何考えてんだ。俺と巡音さんはどっちも唖然として、悲鳴をあげる初音さんを見ていた。
「クオのバカっ! 変態っ!」
初音さんはいきなり立ち上がってクオに飛びかかると、その首を勢いよく絞め始めた。うわあ……。
アナザー:ロミオとシンデレラ 第三話【何故ならそれこそが恐怖だから】後編
しがない文章書きです。よろしくお願いします。