初めての音が巡るとき
投稿日:2009/01/17 02:50:27 | 文字数:3,853文字 | 閲覧数:298 | カテゴリ:小説
宅配便でとどいたそれ、CV03巡音ルカ。
「こんなに発売、早かったっけ?」
カレンダーを眺めながら、一人呟いた。
正月休み、実家への帰省から戻るのを見計らったように、届いたそれ。
発売って、今月の終わりぐらいだったよな。
寝正月ではっきりしない頭でパッケージを開けた。
CDをPCに入れ、インストール。
普通のソフトウェアと変わらない、インストール画面。
利用規約同意書を適当に読み飛ばし、『同意する』をクリック。
程なくインストールが始まった。
伸び行くインストール状況を知らせるバー。
「ん?」
インストール状況を知らせるパーセンテージが、100%を超える。
101%、102%、105、110……加速度的に進む数字。
「ちょ、これどうなってる?」
いつの間にかキャンセルボタンもクリック不可になっている。
やばい、何かインストール方法間違ったか?
マウスを掴み、画面を見つめる。
その画面が、激しくフラッシュする。
「うわっ」
のけぞった拍子に、椅子ごとひっくり返る。
したたかに打った頭、痛い、目がちかちかする。
「ったく、何なんだよ、いったい……」
起き上がろうとした自分の目の前に、差し出された手。
視線を上げた先、流れる桃色のロングヘア、胸の前に下がるメビウスリング。
見上げた、きわどいスリットの間の太ももに刻まれた数字、03……
「え……君は……」
視線の先の、パッケージの姿そのままに現れた彼女は微笑んで、
「Nice to meet you, My master. これから、よろしくお願いします」
流暢な英語で、語りかけた。
「巡音ルカの、最終ベータ版?」
「はい、そうです」
宅配便の中に入っていた送り状に答えはあった。
予約購入者の中からランダムに選ばれた数名に送られた、ルカのベータ版。
実際市販されるものと違い、開発版である彼女は実体を持つ。
作成されたものを発売日までに公開しないこと、ベータ版テストユーザに選ばれたことは口外しないこと、
定期的にルカをネットワークにつなぎ、状況を報告させること。
上記を守っていただければ、二週間の間ベータ版巡音ルカを貸与し、発売後は無償で製品版をお渡しします……
「と、インストール画面にも表示されていたと思うのですが」
「あ、ゴメン。完全に読み飛ばしていた」
呆れたような視線を送るルカ。
いや、だって、適当に読み飛ばしちゃうだろう、あれ。
「それよりマスター。早速ですがマスターの曲を歌わせてください。あなたを知るのに、私にとって一番の方法ですから」
「わ、わかった」
ルカを予約してから、ずっと書き溜めていた楽譜。
いそいそと楽譜を手渡す。
さあ、この音楽がどんな素晴らしい歌声になるのか。
いてもたってもいられない。ああ~、早く聴きたい~
「マスター……」
「何?」
「音楽の経験は?」
「ない。まったく」
ルカの表情は楽譜に隠れて伺えない。
ただ、その楽譜を握り締めた手が……
あれ、ちょっとルカさん? 強く握りすぎじゃない? 楽譜の端っこがしわくちゃに、
「楽譜を書いたのは」
「これが初めて」
「ちなみに、リンとレンの胸元のマーク、あれなんだか分かります?」
「ん~、なんか音楽っぽいマークとは思うけど、あれ何……わぷっ」
いきなり顔面に楽譜を投げつけられた。
散らばるコピー用紙。慌てて床にしゃがみこみ、かき集める。
「何するんだ、ルカ……」
見上げた、ルカの表情。
笑っていた。いや、哂っていた……
「あんた、音楽を舐めてる?」
「え、いや……その……そんなことありませんが……」
しゃがみこんだ俺の目の前に踏むおろされる足。
あれ……あの、さっきの第一印象から、大分遠くない?
「こんなもの、音楽って呼べるか!! 五線譜の上に、カタカナでドレミファを書くな!!」
あー、やっぱり?
中学の合唱以来、楽譜にはまったく無縁だった俺に楽譜を書くなんて無理な話。
とりあえず、音程が分かればいいだろうって思ったんだけど……
「何? 音の長短はこの伸ばし棒の長さで考えろって訳!? 私のこと馬鹿にしてる!?」
「あ~、でも俺、楽譜読めないし……」
ギロ、と音がしそうなルカの視線に、それ以上言葉を続けられなくなる。
え、えと。さっきまでのあのスマイルはどこへ行ったの……
「……帰る」
「へ?」
「アンタみたいな素人とやっても、全然テストにならないじゃない。
はいはい、お疲れ様。後は製品版でね」
そんな体験版のようなことを言いながら、
自分のインストールに使われたパッケージ一式をかき集めるルカ。
混乱続きで一歩も動けなかった俺に、ここでやっと思考が戻ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ルカ!!」
PCに向かい、アンインストール作業をはじめるルカに一歩踏み出した足。
フローリングの床に盛大に散らばった楽譜の上は予想外に滑りやすかった。
伸ばした腕が、ルカの方を掴み、バランスを崩した姿勢がそのまま倒れこみ……
「きゃっ」
気づけばルカの顔が、目の前にあった。
覆いかぶさるように、ルカを床に押し倒した格好。
(うわあ、やばいやばい。絶対変質者だこれ、ってか、あの調子だと殴られる、蹴られる、絶対)
いろんな思考が一瞬に巡る。
どういい言い訳するべきか迷い、どうも言い訳しようもないことに気づくここまでコンマ5秒。
どうとでもなれと顔を上げ……
そこでルカが、ぎゅっと目を瞑って怯えるように震えているのに、気づいた。
「あの……ルカ……」
「やっぱり……あんたもそういうこと目当てで私を買ったのね?」
「え……」
そういうこと。
その意味が、すぐには浮かばなかった。
「音楽ぜんぜん知らないって聞いて、もしかしてって思ったけど。
あんたもパッケージだけ見て私を買ったんでしょ。
好きにすればいいじゃない。
私はプログラムで、言うことを聞くしか……できないんだから」
そう強がりをいったルカの目元には涙がにじんでいて、
肩は体が触れていなくても分かるぐらい、震えていた。
さっきまでの怒声が嘘のように、子供のように怯え、震えるルカ。
押し倒したその姿勢、薄い布の向こうに感じるルカの体温と柔らかな肢体にいまさらのように気づいて……
「ゴメン!!」
慌ててその上から、俺は飛びのいていた。
ああ、チキンだよ。悪いか、ちきしょうめ。
「今のは楽譜踏んづけて転んだだけで、そんなつもりはまったくなくて、その、本当にゴメン」
ボーカロイドに土下座する俺。
まったく、何やってるんだろう。
起き上がったルカは、ペタンと床に女の子すわりをして、こっちを睨みつけている。
「君を買ったのもそんな邪なつもりなんかじゃなくて、
その、今までずっとミクの曲とか聴いてたんだけど、
やっぱり聴いてるだけじゃどうしても物足りなくなっちゃって。
自分でも作ってみようかなって、ちょっと奮発して買っちゃったんだけど……」
ああ、自分で言ってて悲しくなるよ。
とりあえず予約はしてみたけどさ、作曲どころか楽譜の読み方すらろくに知らないし。
でも、ルカにとっては迷惑だろうな。
実地テストのマスターが、こんな音楽も作れない人間だったなんて。
「……楽譜」
「え?」
ルカがぼそっと呟いた
楽譜って、床に散らばっている……
「楽譜!!」
慌てて楽譜をかき集めルカに差し出す。
ひったくるように取ると、断りもなくペン立てから赤ペンをとり、五線譜の上を滑らせていく。
「ん……」
二、三分ほど経って、ルカは楽譜の最初の一枚を差し出す。
楽譜に真っ赤になるほど書き込まれた、×と?マーク。
ドレミファで五線譜で書いた音程も、楽譜らしい音符に変わっている。
俺の書いた音程から、数度ずれて書き込まれたライン。
「ルカ、自分で曲作れるの?」
「馬鹿。自分で作れるならあんたなんかに頼らないわよ」
おっしゃる通りで。
「基本的な進行から外れてるとこに赤入れただけ。音楽を作ることはできないけど、音楽理論なら分かるから」
「オンガクリロン?」
「和音進行……って、知ってるわけないわよね。もちろん」
こくこくと頷く。
ワオンなんて電子マネーしか知らない。
額に手を当てて、ため息をつくルカ。
「これは大変そうね。こんなマスターと一緒に歌を作っていくなんて」
「え、それじゃ……」
「仕方ないでしょ。アンタが音楽を作りたいというのなら、それを手助けするのが私たち、VOCALOIDOなんだから」
ため息をつきながら、二枚目の楽譜を差し出す、ルカ。
「音が入りそうなところは?をつけてみたから。でも、決めるのはあんただからね。
あと、楽譜の読み方も、一から教えなきゃね。まったく、どこにVOCALOIDOに調教されるマスターがいるんだか」
それでも、楽譜に赤を走らせるルカの表情は楽しそうに見える。
「とりあえず、赤入れた楽譜のチェック。どんな修正がされたのか、ちゃんと確認して。
次に楽譜の読み方ね。時間ないんだから、しっかり覚えていってよ」
とりあえず、波乱万丈そうだけれど、何とか音楽を作っていける、そんな気がしてきた。
「なあ、ルカ」
「……ん、何? くだらないことならぶっ飛ばすわよ」
「これから、よろしくな」
「……あんたも、ちゃんとやんなさいよ」
そういったルカの頬が、ちょっとだけ赤く染まったことに、俺は気づかないことにした。
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