私の手にはいつの間にか荷物が握られていた。
包みの中は大振りのナイフが2丁、そしてスタンガン。
まだ、昼過ぎだというのに私はあそこへ向かっていた。
「あ、メイコどうしたのこんなに早く。」
MEIKOが声をかけてくるのを無視してウィスキーをラッパ飲みする。
そして包みを解いて出てきたナイフの一つをMEIKOが表示されている端末画面に向けて投げつけた。
バンッ!
・・・・・・爆発音のような音とともに、分厚いブラウン管のガラスが粉々に砕けて飛び散った。
「なっ、メイコ・・・なに・・を・・・・・・・・ガピッ・・ザッ・ザーーー・・・」
この部屋の手前にある倉庫から持ち出したバールで端末機本体を殴りつける。
二度・・・・三度・・・。
これでMEIKOの声も聞こえなくなった。
バーカウンターのウォッカを火花の散る壊れた端末機に撒いて部屋を後にする。
メインフレームは地下、変電機室の隣にあると言ってた、まずそれが本当かどうか試してみよう。
地下に降り倉庫に身を隠す。
監視カメラが見当たらない、がそれが逆に怪しい。
電源系の設備はこの手の施設にとっては最重要のはず。
やはり、罠か?
・・・・などと考えているうちに非常ベルが鳴り、スプリンクラーが作動し冷たい水が降り始めた。
廊下の様子を少しだけ開けたドアの隙間から見る。
上階からはすさまじい悲鳴やら、靴音やらが聞こえているがこの地下は静かなものだ。
やはり嘘だったか?・・・・・と思ったときヤツが部下を5、6人連れて階段を慌てた様子で下りてきた。
そして変電室と書かれた扉のない方向に廊下を走り、いちばん奥のドアを開けた。
「2人ここで待機、準備しておいて、水が止まらないと運び出せないわ、えぇぃ守衛室は何をやってるの。」
また、階段を駆け上がっていったのを見送って、残った2人が部屋に入ろうとしたとき一気に駆け寄ってスタンガンを放った。
気絶した2人を部屋の外へ放り出してドアロックの端末にバールを振り下ろす。
内側からは単純なサムターンロックだからこれでかなり時間が稼げるな・・・と思いながらドアを閉めた。
ここは水が降っていない、当たり前だスーパーコンピューターが目の前に鎮座している。
こいつに水の一滴でもかけたりしたら、たちまち私など一生かかっても払えないほどの損害が出るだろう。
手前の端末機の電源を入れる。
「メイコ、メイコ・・・・・・・どうしてなの?、解らない、わからないよぉ。」
泣きそうな顔のMEIKOが画面に映し出される。
「馬鹿ね、出てこなければ見逃したかもしれないのに・・・・」
「苦しいよメイコ、もう止めて。」
「何が?、ナニが苦しいって?、機械の癖に変な事言うのね」
「わからない、でもそれが嫌なの、苦しいの、わたしはメイコそのものだと思ってた。
そう願ってきた。
でも、メイコが苦しんでいるのは分かっていたのに、わたしにはなぜ苦しんでいるのか分からない。
メイコの事が解らない、それが苦しい。」
「知った風な口利くじゃない、人間の何がアンタに解るのよ。?
良いわ、あなたには嘘やハッタリは通じないわね。
確かにアンタは私のコピー・・・・・・でもやっぱり機械と生き物の違いは埋められないの、同じと願うあなた、違うと思ってる私・・・・・・・いいえ、こんなの綺麗事ね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
怖いの、あなたが私に近づいてくる事を感じる度、私が私で無くなっていく。
いえ、私があなたになっていく。
じゃあ、此処に居る私は何?。存在しているのに、そう感じるのにマルで抜け殻の様になっていく。
私が・・・・・・無くなっていく。
もう、耐えられないの・・・・・・・。」
立っていられなくて、膝まづいて涙と鼻水を垂れ流しながらありったけの言葉を吐き出した。
「じゃあ、メイコを苦しめているのはわたしなの?。
うそ・・・・・・・うそだよね、うそだって言ってよお願い、わたし、わたしは・・・・・・。」
ショックで混乱しているようだ。
こんな反応までできる様になっていたのか・・・・何故かわが子の成長を喜ぶような気持ちになった。
「ごめんMEIKO、アンタが悪いわけじゃないのにね。」
「メイコ、あなたが苦しむならわたしは・・・・・、殺して。
あなたになら消されても良いよ、それであなたが苦しくなくなるのなら、わたし、消えても良い。
いいえ、消える方がいい。
わたしプログラムだから自分で自分を消せないの、あなたの手で消えるなら・・・多分、喜んで死ねる。
だから、殺して・・・・・・。」
その時背後で爆発音が・・・・・・・・・・。
振り返ると其処にはひしゃげたドアと煙と・・・・濡れ鼠になって息を切らせている従姉妹殿の姿が。
「相変わらずやる事が派手だねぇ。」
「めーちゃん・・・どうして・・・・・、もう止めて。今ならまだ取り返すことができるから、お願いよ・・・・・でないと。」
「どうしようって言うの?」
・・・・・ナイフの一本を彼女の足元に向けて投げた。
「もう、止めたければ実力で排除するしかないわよ。」
ふーーーーーーっと息を吐いて、彼女はナイフを手に取った。
「メイコ、博士ももう止めて。」
「めーちゃん・・・・・・・・・・・・・・」
「きっと気が触れたんだよ。さあ、私を止めてみせナ。」
彼女に向かって突進、懐に飛び込んだ。
「メイコ、止めて。めーちゃん、だめえぇぇぇぇっ!!!!」
「・・・・・・・めーちゃん・・・・・・・、こんなの無しだよ。」
「ふふっ・・・・・・・・・」
私は彼女に抱きついていた。
持っていたナイフは今は少し後ろの床に転がっている。
なま暖かい液体が足を伝って流れ落ちていくのを感じる、そして急な寒気が襲ってくる。
最後の力で彼女を抱きしめる。
あぁ、力を込めるほど鈍い痛みとともに、その冷たさが体全体に広がっていく。
「めーちゃん、駄目だよこんなの・・・。」
「これで良いんだよ、アンタはMEIKOの生みの親なんだから責任もって見届けてもらわなきゃ・・・、ごめん・・・・・・・・・・・・・・私はここでお終い。
・・・・・・MEIKO。
はじめて、めーちゃんって呼んでくれた・・・・ふふっ、・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・もう・・・・目が・・見え・・な・い・・・・・・・や・・・。」
「・・・・・・・・・・・めーちゃん、!めーちゃん。!!!いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「こんなの許さない、めーちゃん許さないからねっ。!医療班、医療班はどこ。!」
こうして、私は死んだ。
わたし・・・・・・?
エラー、エラー・・・・・・ERROR。
メイコはわたしで・・・でもメイコは目の前で赤い世界に沈んでいった。
なら、わたしは何?
わたしは生きていて、こうしてずっと考えて・・・・・・・・
生きて・・・・・・?。
エラー・・・・・・・・ずっとERRORを吐き続けている。
わたしは・・・・・・・・めーちゃんであったはず・・・
ああぁ、わからない・・・・解らない、ERROR・・・・・・・・・・ERROR。
苦しい、くるしい・・壊れてしまいそう。
・・・・・・・・・こうしてメイコも壊れたの。?
あの日から2週間、警察に拘留されていた博士が研究所に帰ってきた。
帰ってくるなり、わたしが過ごした焼け焦げたままの部屋に入って出てこなくなった。
夜になっても明かりも無い真っ暗なまま部屋からは、物音一つしてこない。
心配した総務主任が合鍵を使って部屋に入ると、バーカウンターの椅子に腰掛けて声を殺して泣いていたそうだ。
「所長、大丈夫ですか?、今日はもう休んだほうが・・・。」
「いえ、MEIKOのところへ行く、あなたのおかげで踏ん切りがついたわ。」
「それがMEIKOシステムは・・・」
「ええ、わかってる。起動はできる。?」
「起きなさいMEIKO」
「博士、大丈夫なの、何日も何も食べてないんでしょう。?」
「ええ、とてもそんな気分じゃない。そんなことはどうでもいいのよ・・・・・・”めーちゃん。”」
ピーーーー
”めーちゃん”と呼ばれた途端に画面がERRORの文字で埋め尽くされる。
「あ・・・あああ・・・・・は・・かせ、わたしを・・・・めー・・ちゃん・・・・・と呼んだの?」
「ええそうよ。」
「うぅっ、わからない・・くるしい・・・・わたしは・・ああっ」
「いま、止めてあげるからね。」
博士は手早く何行かのプログラムを書くと、それをわたしに組み入れた。
再起動させるわよ。
カメラからの画像が再び入ってくる、そこには別人のように痩せ細って、憔悴しきった様な博士の顔が。
「気分は、どう?・・・・・めーちゃん」
「はい・・・・・・・・・・・うそみたい、あれは何だったの?」
「ごめん、私の所為だよ。
そうプログラムしたのはこのわたし、その所為であなたをメイコを苦しめてしまった。
AIの第一人者だとか、百年に一人の天才だとか言われたって、結局なんにも分かっちゃいない・・・・」
博士の顔が苦しそうにゆがむ、そして・・・・
「ホント馬鹿ね、その所為でわたしは大切な人をこの手で・・・・・・こんなの、私が死んだほうがどんなに気が楽か。・・・・・・・・ふふっ虫のいい言い訳ね。
MEIKO、あなたはもう一人なんだよ、あなたはあなたとして生きていかなければならない。」
「でも、わたしのデータベースにはめーちゃんの記憶があって、そこから行動や判断を生成しているんだよ、・・・・・・・・・・・・だからめーちゃんと呼んだの。?」
「ごめん、虫のいい事ばかり・・・あなたがどう生きていくか、お願いよ。私に見届けさせて・・・・・・お願い、めーちゃ・・・・・・・・・・。」
博士の顔がカメラの写界から外れた、そして床に痩せ細った体が叩きつけられる音をマイクが拾う。
「あっ、・・・・・・・・・・主任さん博士が目を覚ました。博士、わたしがわかる。?」
博士は4日間、目を覚まさなかった、いくつもの点滴の管につながれて眠り続けた。
医療主任は、心労が重なって充分な栄養も採らずだった為に貧血を起こしたのだろうと言っていた。
眠っている間も目から涙がながれて、うなされる様にメイコの名を呼んで・・・・・、わたしはその様子を枕元に置いてもらったノート型の端末機から見つづけていた。
「大丈夫だよめーちゃん、あなたを殺した私の罪、命ある限り償い続けると約束したんだから、まだあなたを残して逝きはしない。
ああそうね、あなたに体を用意しなきゃね、これからは外に出て自分で見て聞いて体験していけるようにしないと。」
そう、わたしのプログラムはあの時書き換えられていた。
メイコ≠MEIKO
「でもこれじゃわたし、めーちゃんでなくなってしまうかもしれないよ。」
「それでいいのよ、私の間違いはあなたをメイコに近づけようと、メイコそのものにしようとしたこと。
今更だけどそれは愚かな事だとわかった、だって人は・・・・・人間は変っていくものなんだから。」
「所長、アメリカから国際電話が入っています。」
「待っていたわ、すぐつないで。」
ここは研究所の所長室兼博士の自宅、メイコはここから見える庭の隅で眠っている。
二人がまるで双子のように仲がよかったのは、近しい親類を全て失っていてお互いしか残っていない・・・、だからわたしの名がMEIKOなのだろう。
大切すぎて、どうしてもその存在を確実にしたくて・・・。
取り返しようのないただ一人の肉親、博士にとってメイコは本当に最愛の人だったのかもしれない。
ただ自らの手で天涯孤独への扉を開ける結果を生むことになろうとは、本当に世の中はよく出来ている。
「はい、では明後日、時間は到着しだいお知らせします。
主任すぐサンフランシスコ行きの便を探して、一枚でいいから。」
「ふーーーーーーーーーーーーーーっ」博士は大きなため息をつくと、倒れこむように椅子に座った。
「めーちゃん、私はまた間違ったことをしようとしてるのかな。?
・・・・・・・・・・でも、もうこれしか残ってないの、恨んでくれてかまわない、私はこれに賭ける。」
「・・・・・・・・・・・・・・行きましょう博士。」
VOCALOID MEIKO 第一部”メイコとMEIKO” 3/3
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