ロミオとシンデレラ 第二話【その安らぎは薄暗く】

投稿日:2011/07/18 23:22:22 | 文字数:2,793文字 | 閲覧数:1,958 | カテゴリ:小説

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二話目です。ミクとハクが登場。

リンの家庭の事情を書きながら、三回結婚した某ノーベル賞作家のことを思い出してしまったり。いやあの人とはタイプが違いますけどね。家庭が滅茶苦茶になっているという点は共通してますが。

三話目は語り手が変わります。

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 次の日、普段どおりに登校したわたしは――車で送り迎えしてもらっているので、遅刻することはまずない。たとえ足を痛めていても――教室に入ると、自分の席についた。始業まではまだ時間がある。時間を潰そうと、わたしは持ってきた文庫本を広げた。
 そんなとき、後ろから声をかけてきた相手がいた。
「おはよう、巡音さん」
 振り向くと、鏡音君が立っていた。たった今、登校してきたところらしい。
「あ、おはよう、鏡音君」
「足の具合はどう?」
 心配されているみたい。
「捻挫で全治一ヶ月って言われたわ」
「じゃ、当分大変だね」
 確かに少々不便だ。でも別に、たいしたことじゃない。
「骨を折ったわけじゃないわ。大丈夫よ」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「昨日はありがとう」
「気にしなくていいよ。ところで、何読んでるの?」
 わたしは本の背表紙を鏡音君に向けてみせた。
「『椿姫』か」
「ええ」
 ちょうどその時、また別の声が飛んできた。
「リンちゃん、おはようっ!」
「あ、ミクちゃん」
 同じクラスの初音ミクちゃん。わたしとは幼馴染。
「じゃ、俺はこれで」
 ミクちゃんが来たのを見ると、鏡音君は自分の席へと去って行った。ミクちゃんがだだっとこっちに駆け寄ってくる。
「ねえねえリンちゃんっ! 今話してたの鏡音君でしょ?」
「そうだけど」
「いつ仲良くなったの?」
 わたしはため息をつきつつ、ミクちゃんに昨日のことを話した。劇場のロビーで転んで足をくじいてしまい、困っていたら鏡音君が通りかかって手を貸してくれたことを。
「そんなすごいことがあったんだ……」
 話を聞いたミクちゃんは、妙にきらきらした目でこっちを見ている。……どうしちゃったんだろう。
「別にすごくないわ。ただの捻挫よ」
「怪我の話じゃないんだけどな……というか、鏡音君は意外といい人だったのね」
 何が言いたいのかよくわからない。
「ミクちゃんは、鏡音君のことよく知ってるの?」
「わたしはそうでもないけど、クオが仲いいのよ。一年の時同じクラスだったし、部活も一緒だから」
 ミクちゃんが「クオ」と呼ぶのは、ミクちゃんの従弟のミクオ君のことだ。ミクちゃんと同い年で、目下一緒に住んでいる。ミクオ君の両親が、仕事で海外に行っているからだ。ミクオ君、確か演劇部だったわよね。ということは、鏡音君も演劇部なんだ。
 ミクちゃんはまだ何か話したそうだったけれど、始業のベルが鳴ったので、自分の席へと戻っていった。


 その日の授業は、何事もなく終わった。今日は部活の無い日だったし、ミクちゃんは用事があるというので、わたしは真っ直ぐ家に帰った。
 帰宅してみると、お母さんは出かけていた。今度出すレシピ本の打ち合わせがあるって言っていたっけ。居間のテーブルの上に「おやつにゼリーを作っておいたから、お手伝いさんに出してもらって」というメモが置いてある。わたしはちょっと考えてから、ゼリーには手をつけずに二階へと上がっていった。
 一つのドアの前で立ち止まり、叩く。しばらくすると、中から「うーん、誰ぇ?」という声が返ってきた。
「リンよ」
「あ~、リンか。鍵かかってないから入ってきていいよ」
 わたしはドアを開けて中に入った。広い部屋の中は物が散乱している。平たく言うと、散らかっている、ということだ。ベッドの上で、うずくまる人影が一つ。
「……寝てたの? ハク姉さん」
「あ……うん、まあね。睡魔に耐え切れなくて」
 ぐしゃぐしゃに乱れた髪のまま、ハク姉さんは頷いた。今起きたばかりといった顔をしている。この分だと、朝からずっと寝ていたのかもしれない。
「今は夕方よ」
 わたしが思わずそう言うと、ハク姉さんはわたしを睨んだ。
「リン、あんたまで姉さんみたいなこと言う気?」
「そんなつもりじゃ……」
「あ~、頭痛い……あれ、リン。あんた足どうしたの」
「昨日転んでくじいたの。全治一ヶ月って言われたわ」
「そりゃ大変ねえ」
 ハク姉さんは身体を起こすと、ベッドの上に真っ直ぐ座りなおした。わたしは部屋の中に入って、椅子の一つに乗っていたものを下ろし、そこに座る。立ったままだと辛い。
「あんたがここに来るってことは、みんないないのね」
「ええ。ハク姉さん、何か食べる?」
「……あの人の作ったものはいらないわよ」
 いつもこうだ。
「で、リン。あんたその話するためだけに、あたしの部屋に来たわけ?」
「……違うけど」
「いらない気回さなくていいわよ」
 ハク姉さんはため息混じりにわたしを見た。
「あんたは姉さんみたいにならないでよ。かといって、あたしみたいになってもだめよ。……でも、難しいだろうなあ」


 わたしの家庭は少し複雑だ。仕事熱心な父親に専業主婦(本は出しているけれど)の母親、そして三人の娘。長女は父親の許で働いている。次女は大学生、三女は高校生。こう書けば、普通の家庭に見えるだろう。もっともわたしの父は大きな企業グループの社長だから、これからわたしが書くごたごたがなくても、普通の家庭とは言いがたいだろうか。
 わたしたちと、今、わたしが母と呼んでいる人には血の繋がりがない。それだけではない。ルカ姉さんと、ハク姉さんとわたしは母親が違う。ルカ姉さんを産んだ人は、ルカ姉さんが三歳の時に、父と別れて家を出て行った。父はすぐわたしたちの実母と再婚して、ハク姉さんとわたしが産まれた。そしてわたしたちの実母だという人は、わたしが二歳の時にやっぱり父と離婚した。そして父が再婚したのが、今の母だ。子供はできなかったけれど、離婚することもなく、現在に至っている。
 わたしは二歳だったこともあり、実母の記憶はほとんど無い。だから今の母を「お母さん」と呼ぶことに抵抗はない。けれど、その時もう六歳だったハク姉さんは違った。「あんな人お母さんじゃない」と何度も駄々をこねて、父と母を困らせた。その時のことを今も引きずっていて、未だに母のことを「お母さん」とは呼ぼうとしない。
 そういったことがどの程度関係しているのか、わたしにはわからない。けれど、ハク姉さんと両親の軋轢は、年を重ねるごとにひどくなっていった。学校にもまともに行かなくなり、今ではこうして部屋に引きこもってしまっている。父が何かしたらしく、大学に籍はあるのだけれど、一度も登校したことはない。
 そんなわけで、最近では家の中では、ハク姉さんの話題はタブーになってしまっている。少しでも話題にしようものなら、父は怒り出すし、母は泣き出しかねないからだ。わたしもあれこれ言われるのが嫌で、ハク姉さんの部屋に行くのは、他の家族がいない時にしている。
 でも、わたしはハク姉さんのことは嫌いじゃない。……血の繋がった姉だから? ううん、多分、違う。

しがない文章書きです。よろしくお願いします。

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