イチオシ作品
最近の投稿作品 (5)
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音楽室で歌う女の子の話(1)。
今になっても時折、夕暮れの後塵を眇眼に纏う度、思い出す。
斜陽に煌めく粉塵の光柱。寒暖を帯びない無温の空気。その癖、何時までも浸かりたくなるような、歌声の瑞浴。二人きりの、音楽室。
彼女は、今でもウタを歌っているのだろうか。
十年も前の話である。脳科学の視座からは、人の記憶に欠落は有り得ないという。
如何に些細な出来事さえも、それらは決して失われることなく、人の脳裏の片隅に収納されて、死の縁まで保存され続けるらしい。
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いつか、世界が終わるときにウタを歌う女の子の話。
いつか、世界が終わるとき。
遠く、潮騒を聴く。
高く、低く、長く、短く。絡まり、解れ、解けて、融ける。
一時として一定しない、寄せては返す波のようで。
それでも潮の満ち干のように、緩やかな周期を以って揺らぐもの。
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鏡を割った女の子の話。
さて。皆々様方に置かれましては、わたくしが何ゆえただ今になって、自身の心情を刻々と語る決心を抱いたか、不思議と思われる方も御座いましょう。何しろ、貴方が一度でも近日の新聞でも御読覧頂いて居れば、わたくしの罪状の如何に完全潔白なるか、事実無根なるかは瞭然のもので御座いましょうから。
然るに、わたくしの告白に不思議を抱かれた皆様は正に、わたくしの罪状の可否を問う皆様ではなく、何ゆえ完全無欠に無実たるわたくしが投獄の憂き目に至ったかを疑う、直感鋭き皆様で居られると確信しております。このようにして皆々様に、やはりわたくしの疑い無きことを明々白々と知らしめることを望んでのことなので御座います。
わたくし自身がそもそもどのような者であったか。そのような事は、皆様の直感鋭き御想像にお任せすれば、過不足無くご理解頂けるものと存じます。
わたくしは、嫁ぐ他所様を選べる程度には羽振り良い暮し向きの家の一人娘でありまして、尤も、わたくし自身は嫁に往くことなどまだまだ瓶越しに透かし見る海洋の如く、曖昧と捉えていた年頃なのでありましたが。
また、父上などが眉を顰める程度には侠(きゃん)に過ぎる娘でありましたようで、何しろ14の年を迎えた朝方に、柳の如く腰まで垂れ下がっていた髪束を肩口まで切り揃え、白いハンケチで括り上げるようにして、何食わぬ顔で食膳に座って見せた時などは、母上が一叫を飲み込んで昏倒なさった程でありました。
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「にゃあ」と喋る女の子の話。
「にゃあ」
それが私の第一声。生まれて初めて紡いだ言葉。
私は生まれつき喋ることが出来なかった。文字は読める。音は聞こえる。誰かの話す言葉を聞いて、その意味を理解することも出来る。
ただ、喋ることだけが出来なかった。言葉を紡ごうとしても、それらはまるで口端から上る前に空気に触れ、ただの音節へと裁断されてしまうようで。
結局、意味のあるフレーズなんて。生まれて一度も紡げたことなんてなかった。
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年齢16歳、身長158cm、体重42kgの女の子の話。
年齢16歳。身長158cm。体重42kg。それだけ。
私が私であることを示すパラメータ。
それだけが私の全て。
私にはそれだけしか無い。
だから私には何も無かった。私は私の形をなぞることでしか、私の存在を確認できない。その内容(ナカミ)は空っぽのままで。私は嘘のような私を実証する。