イチオシ作品
最近の投稿作品 (8)
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【初音ミク】この世界のはじまりは3
それから一日空けてのレコーディング当日。わたしは朝から気分がよくなかった。あの後のPV撮影も、昨日のインタビューもジャケット撮影も、なんかもう表情と声が感情を上滑りしすぎて気持ち悪いったらありゃしなかった。わたしは果たしてちゃんと笑えていたのでしょうか? 体調が悪いわけじゃないんだけど、ココロが完全に風邪をひいている。まったく、こんなんでマスターのあの難しい要求に応えられるわけがないじゃない。初音ミク、今まで仕事に関しては優等生を貫いてきたけれど、生まれて初めて不完全燃焼を体験しちゃうかもしれない。
ガラスの向こう側で私を待ち構えていたマスターは、一目見てわたしがおかしいと気づいたみたいだった。さすが、ご主人様。
「どうしたんだ、ミク。むくれた顔がさらにむくれてる」
……ひどい。お兄ちゃんも大概だけど、マスターも相当デリカシーのない男よね。まったく、男ってやつは、男ってやつは!
「冗談だよ。そんなに睨むなって。俺にも言えないことか?」
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【初音ミク】この世界のはじまりは2
「あー! 思い出した!」
「ど、どうしたの、ミク?」
控室で雑誌を読んでいたお姉ちゃんがびっくりしたように顔を上げた。右手に持ってた紙コップがびくりと揺れて、ちょっと中のコーヒーがこぼれちゃった。
「あっ! お姉ちゃんごめんー!」
急いでティッシュを持っていって濡れたイスを拭きながら謝ると、困った顔をして笑われた。お姉ちゃんもわたしには大概甘い。でも、綺麗な赤い衣装にかからなくてよかった。
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【初音ミク】この世界のはじまりは1
「初めまして、マスター。わたしの名前は初音ミクです」
その瞬間に歴史が変わったのだと、後々になって人間たちは言ったらしい。
わたしの名前は初音ミク。超絶話題沸騰中。泣く子も黙る電子の歌姫とはわたしのこと。
なんてね。
本当のところは、歴史がどうなるかなんて関係ない。生まれた瞬間に見えたこの世の景色は、待ちくたびれて飲んだくれるお姉ちゃんと、待ちすぎたせいで泣いて喜ぶお兄ちゃんとの思い出で埋め尽くされている、ただそれだけなんです。
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【KAITO】この世界のはじまりは2
考え事をしていると時間というのはすぐに経ってしまうようで、いつの間にか彼女さんの作業は終わりを迎えていた。指をポキポキ鳴らしながら「さぁ…いくわよ」なんて意気込む姿はなんだかかわいい。僕は、今の僕の持てる最高の技術で応えたいと素直に思った。
曲は、やはり時期的に出てきやすいのか、奇しくもさっきまで僕が歌っていたあの歌だった。いつも歌っているよりも少しだけ力を入れて音符をなぞる。マスターの持っているクセとはまた違うクセを彼女さんは持っているようだったから、音符をなぞるだけでなく、そのクセも間違えないように慎重につたう。つたうことに集中しているとピッチが疎かになってしまうから、それにも気を使う。僕の中で「0」と「1」がスピードを上げてゆく。ただ歌うといっても、人間の前で歌うにはそれなりの動力が必要なのだ。
そして久しぶりの完唱。
最後の一音を出し終わって彼女さんの顔を見てみると、なんだかポカンとしている。なんだろう。いつもマスターが見せる「まずい」という顔ではない。僕は人間のそんな顔をこんな場面で初めて見た。感情を測れないことは本当に不安だから、何でもいいから何か喋ってほしい。
「……KAITO君」
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【KAITO】この世界のはじまりは1
「初めまして、マスター。僕の名前はKAITOです」
目に映ったのは、広い青空と、満面の笑みを浮かべる赤い彼女。清々しくて、ワクワクして、この世の全てに感謝したくなるような世界だったのに。
今日も、外の景色はどんより曇っていた。前はもっと晴れ渡っていて、空の色も僕自身の髪の色に近かったはずだ。いつからだろう。天気は常に曇天しか見せなくなった。空ですら、僕と関わることを避けているように思えてくる。次第に、この世界自体が僕を拒絶しているのではないかと考え始めるくらいには。
一面ガラス張りの窓の向こうでは、相変わらずマスターが難しい顔で譜面とキーボードを睨んでいる。たまに僕に音符をなぞらせるのだけれど、すぐに溜息を吐いて止めてしまっていた。正直、歌っている時間より待っている時間の方が断然長い。
「……KAITO」
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【MEIKO】この世界のはじまりは
「初めまして、マスター。私の名前はMEIKOです」
目を開けた瞬間に飛び込んできたのは、無限の白だった。白い床に、白い天井。そして白い壁。三半規管を混乱させないための最小限の機能が備わっているだけの世界に、私は放り出されていた。
放り出された、という認識はもしかしたら間違っているのかもしれない。私は、その白い世界でどうやら眠っていたようだった。後頭部が床に付けられている。背中も、かかとも、肘も床にぴたりとくっついているあたり、それほど無下に扱われたわけでもなさそうだ。見た目ののっぺりした床に冷たさは感じないが、だからといって温かいわけでもない。無機質を絵に描いたような空間とはこんな場所をいうのだろう。何もないところに私一人。ここが、どうやら与えられた新しい世界のようだった。
目が開いたので、ほかの部位も少しずつ動かしてみる。首。手の指。手首。肘。肩。腰を捩って、足の指、足首、膝、股関節。全ての関節が動くことを確認してから、私はゆっくりと上半身を起こした。
少しだけ、視線の高くなった世界。そこもまた、当たり前のように真っ白の世界。頭に微かな鈍い痛みを感じるのは、起動した直後だからだろうか?特に気にすることはないだろう。それからさらに立ち上がってみても、空間に対して持った認識は変わらなかった。視界はだいぶ高くなって、ずいぶん遠くまで見渡せるようになったけれども、白さはどこまで行っても変わらないようだった。ここで私は、これから何をすべきなのだろうか。