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魁! ボカロスピリッツ


百花繚乱のボーカロイド界。
電子の歌姫・初音ミクを筆頭として、時に愛らしく、時に麗しく、ステージ上で大輪の花と咲き誇る女性ボーカロイドたち。
この物語は、そんな女性ボーカロイドたちの華やかな活躍……を横目に、地味にがんばる男たちの物語である。
余暇のひとときを描いて、男の好日を問う。





『 魁! ボカロスピリッツ 』




今さら名乗るほどの事は無えと思うが、礼儀だから名乗っとくぜ。
俺の名前は鏡音レンだ。アンタの名前は? ……そうか、よろしくな。

さっそくだが、話を始めるに当たって、まず最初にこれだけは言っておきたい。
それはな、俺はアンタなら分かってくれると信じてるって事だ。
確かに俺達はたった今知り合ったばかりだ。でも、それが何だ?
俺は人を見る目には自信がある。アンタの目を見れば分かるんだ、きっとアンタなら分かってくれるってな。
そーゆーわけで、ひとつ頼むぜ。俺を失望させないでくれよ?
じゃあ話を始めようか。
突然だが、雑誌や新聞のカメラマンが紙面に載せる写真を撮る時、原則があるって知ってるか?
それはな。

『 女か、子供か、動物の写真を撮れ 』

ってこと。
何でかって? 単純に見栄えがいいからさ。
試しに本屋に行って、雑誌コーナーを見てみな。例えばバイクや車の雑誌の表紙を飾ってるのは、たいがいセクシーな美女だったりするだろ? 冷静に考えりゃ、バイクや車にセクシー関係ねえっつーのに。
レストランや喫茶店なんかもそうだ。
たとえ厨房で料理を作ったのが中年のムサいおっさんだったとしても、その料理をテーブルに運んでくるのが可愛いウェイトレスさんだったら、その店は大繁盛だ。メイド喫茶なんか、モロにこの構図だろ。
つまりだ。

『 客の目がある位置には女の子(もしくは子供や動物)を配置すると売上げが伸びる 』

ってわけだ。
それが良い事なのか悪い事なのかは関係ない。善悪の問題じゃない。これは立派な商業戦術であり、ビジネスなんだ。
同じ法則が、ふだん俺たちが活動しているボカロ界隈でも当てはまる。
店頭に並んでるCDジャケット見てみろよ。たいていミク姉ぇだろ? もしくルカ姉ぇか、リンか。
たまに姉弟全員が載ってても、中央を占めるのは常に女性陣で、俺やカイ兄ぃは端っこだ。
別にそれが不満だって言ってるんじゃねーよ。
さっきも言ったが、これはビジネスだ。結果的にCDが売れるなら、俺としてはそれで万々歳だ。
前置きが長くなったな。
つまりそういうわけだから、実際の仕事内容もミク姉ぇたち女性陣が中心になるわけだ。
従って、割合的に俺やカイ兄ぃの仕事が少ないのは、言わば商業戦術上の必然であり……。


「あー」


テーブルを挟んだ向こう側。
カイ兄ぃが溶けかけのアイスみたいに、ソファーにだらしなく伸びたままボヤいた。

「暇だなぁ、レン」

てめえカイ兄ぃコノヤロウ。
俺がこんなに苦労してオブラートに包もうとしてるのに、あっさり核心つくんじゃねーよ。
い、いやまあ聞いてくれ。最初に言ったが、俺はアンタなら分かってくれるって信じてるんだ。頼むぜ?
繰り返すが、割合的に俺やカイ兄ぃの仕事が少ないのは、商業戦術上の必然であってだな……。

「ミクたちは良いよなー、人気あってさー。仕事もいっぱいでさー。それにひきかえ、なんて暇な俺達」

しょ、商業戦術上の必然がだな……。

「なあレン、ちょっと俺、ミクの部屋に行ってくる」
「……何しに行くんだよ」
「暇だから、ミクの残り香を嗅いでくる」
「………………」

俺はおもむろに立ち上がり。


ごん


カイ兄ぃの顔面に、まっすぐ右の正拳突きをプレゼント。
カイ兄ぃはなぜか微動だにせず、堂々と俺の拳を受け止めた。顔面で。

「なにをするレン」

そして冷静沈着に抗議してくる。

「目の前に変態がいたから、正義の鉄拳をおみまいしてやっただけだ」
「極めて心外だぞ。だって俺、ミク好きだから」
「理由になってねえ」

ちくしょう台無しだ。
ああそうだよ、要するにヒマなんだよ。悪いかバカヤロウ。
憮然として座り直す。
俺の気苦労なんて知った風もなく、カイ兄ぃはなぜかフフンと余裕の笑みを浮かべて言った。

「分かったぞ。さては俺ばっかり良い思いをするからスネてるんだな。よーし、特別にリンの部屋へ行って、残り香を嗅ぐことを許可してやろう」
「なんでそうなるんだ。行かねーよ」
「ちなみに、これがリンの部屋の合鍵だ」
「なんで持ってんだ、そんなもん!」

さも当然のようにポケットから取り出した鍵を、俺は速攻で奪い取る。

「冗談だ。それは玄関の合鍵だ」
「チッ……。紛らわしいことすんじゃねーよ」
「リンの部屋の合鍵なんて、俺が持ってるわけないだろう? 真に受けるなよ」
「カイ兄ぃが言うと冗談に聞こえねーんだよ」

まったく。自分が周りからどんな目で見られてるのか、そろそろ自覚してもらいたいもんだぜ。
まあ、でも冷静に考えれば確かに冗談に決まってるよな。あのリンが、カイ兄ぃなんかに自分の部屋の合鍵なんて渡すわけねーし。
しぶしぶ鍵を返すと、カイ兄ぃはなぜかフンフンと鼻息を荒くしながら、それを自分のキーホルダーに戻す。
なに興奮してんだ。玄関の鍵にミク姉ぇの残り香でも嗅ぎつけたか。
いちいちツッコむのも面倒なので、俺はテーブルに置いてあった折り込みチラシに目を通す。カイ兄ぃが俺の正面で変な踊りとか始めた気がするが、敢えて黙殺した。

「おいレン、俺はミクが好きだぞ」

知ってるよ。
わざわざ宣言すんな。
俺はチラシから目を離さない。お、駅前でバザーか。特設会場で氷山キヨテルの『 青年のただならぬ主張 』……どんなロクでもない主張をする気だ、あの性犯罪教師。

「レン、俺はミクが好きだぞ」

大事なことだから2回言いましたってか。
本人にとっては重要なのかも知れないが、毎日聞いてるこっちは耳タコだ。

「くそう、ミクめ……。今日もなんて可愛いんだ……」

ふと顔を上げると、カイ兄ぃはミク姉ぇのフィギュアを取り出して、話しかけていた。
どっから出した、そんなもん。
フィギュアを睨みつける表情は妙にシリアスで、まるで最後の戦いを前にライバルと睨み合う映画の主人公みたいだ。
なまじ顔が良いだけにタチが悪い。純真無垢な女子中学生とかが騙されてしまわないか心配だ。

「あふぅ」

悶えんな。
キモい。

「レン、気を付けろ! この可愛さは尋常じゃない……ミクの奴め、本気で俺達を殺る気だぞ!」
「俺『達』でくくるな。ダメージ受けてんのはカイ兄ぃだけだ。てか、自分の妹のフィギュアに、よくそこまで興奮できるな」
「俺の妹が、こんなに可愛いわけがない……」
「パクんな」

チラシのチェックに戻ろうとすると、なぜかテーブルがガタガタと揺れ出した。

「ああぁ~~~……可愛い、可愛い、可愛すぎる……」
「貧乏ゆすりすんな!」

鬱陶しい事この上ない。

「そんなに好きなら、いっそのことミク姉ぇと結婚でもしたらどうだ」

皮肉を込めて言ってやる。
言ってから、しまったこのバカには藪蛇だったか、と一瞬焦るが。
意外なことに、カイ兄ぃはフッと余裕の笑みを浮かべただけだった。

「結婚だと? まだまだお子様だな、レンは」
「なんだとー」
「本当に大切な想いというものはだな、口に出してはいけないんだ。言えばその瞬間から俗世の穢れに侵され、想いは純度を失ってしまう。一生で一番大切な想いであるならば、それは口に出さずに墓まで持って行くべきなんだ」

なにやら文学的なことを言っている。
要するにそれくらい、ミク姉ぇが大事なんだという事らしい。
しかし俗世の穢れや想いの純度を気にする奴が、残り香を嗅いだりフィギュアをねぶり回したりするなと言いたい。

「ミクが可愛すぎて、俺は幸せだ」
「そうかよ。良かったな」
「ぜひともミクに、この幸せのお礼がしたい! なあレン、何をしたら良いと思う」
「何もすんな。それがミク姉ぇだけでなく、世界の幸せのためだ」
「そう言わずに、一緒に悩んでくれ兄弟」
「誰が兄弟だ。……いや兄弟か。今すぐ兄弟やめたくなったよ俺は」

うちの兄貴のウザさが、とどまることを知りません。誰か助けて下さい。
くそ、チラシのチェックもままならないじゃねえか。え~と何々……ふうん、商店街で新しい占い屋がオープンか。『 神威がくぽの一刀両断! 恋の占いお任せ下さい 』……いや、一刀両断したらマズいだろ、それ。

まったく。
カイ兄ぃといいチラシといい、どっちを向いてもロクなもんじゃなかった。
世の中どうなってんだ。



「前のバージョン」で続きます。

投稿日時 : 2010/10/25 23:25    投稿者 :時給310円

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