翔破さん

鏡音が好きです。双子でも鏡でも他人でも。

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なまえのない そのうたは

「リンー」
「なに、めーちゃん?」

頭だけキッチンから出した格好でめーちゃんが声をかけてくる。私は読み掛けの雑誌から顔を上げて返事を返した。

「あのね、もう夕飯なんだけど、まだレンが買い物から帰ってないのよ」
「え?」

ちょっと驚いて壁の時計を見上げる。
銀の針が示しているのは七時半。別にそんなに遅い時間じゃないけど、レンが出かけたのは三十分以上前だ。十分あれば商店街に行って帰って来れるんだから、確かに少し遅いかもしれない。
まあレンが不審者にどうこうされることはない(寧ろ良い様に扱われるだろう不審者の方に同情を禁じ得ない)だろうし、迷っているなんて考えは論外だし。
そんな事考えているのがばれたら、レンに思いきり罵られてしまう。しかも笑顔で。…想像するだけで鳥肌立ってきた。
でもめーちゃんが何を言いたいのかはちゃんと分かったから、私は持っていた雑誌をそこら辺に適当に置いて立ち上がった。

「家の周り一周くらい見てくれば良い?」
「助かるわ」

適当にサンダルをつっかけて、闇の中に飛び出す。日は長くなってきたけど、さすがにこの時間は太陽の姿は見えない。
でも太陽がなくても肌寒いわけでもないし…どんな感じか言うなら、ちょうど良いくらいの温度っていうのが適切かもしれない。どっちかと言うと、冬の残滓を感じる風のせいで少しだけ肌寒い。

しかし、うーん、レンはどこをうろついているのやら。

少し考えてみてから、まずはとりあえずコンビニに向かう。一応辺りに気は配ったものの、人通りが多い地域でもない(だって住宅街だし)から会社帰りらしい人がちらほら見えるくらいで、結局レンには会わなかった。

「…ん~?」

コンビニの中にもぴんぴんした金髪が見えないのを確かめ、私は首を捻る。いや、背が低いあの子の事だから棚の影に隠れちゃってるだけかもしれないけどね!…あっ、嘘ですごめんなさい。笑顔が怖いよ、想像の中のレン。うう、なんという暴君。
擦れ違ったのかも、と私は来た道を家に向かって歩き始めた。別にここまで来なくてもよかったかも。めーちゃんの言う通り、家の周りに留まってても結果的に変わらなかっただろうし。

車の通りも殆どない住宅街に、生温い静寂が満ちている。私は一人、その中を歩く。
空は暗くて、その分星が綺麗に見える。交通の便だってそんなに良くない都会の端っこだけど、空や空気が綺麗なのはなんか好きだ。
レンも、いつもの素っ気ない口調で「悪かないけど」って言ってたし、多分あれは気に入ってるんだろうなあ。学校の皆みたいに、毎日都心でショッピング!とかも憧れるけど、やっぱり私はここが一番落ち着くんだと思う。ホームタウン、って言い得て妙だよね。家みたいに感じる、私達の街。

ふと、私は気まぐれを起こした。
別に寄り道をちょっとした位で帰宅時間にそう差があるわけじゃないよね、と少しだけ脇道に入る。
目標はすぐそこに流れる川と、その河原に下りる階段。私はずっとそこが好きだった。大雨が降るとちょろちょろした流れがあっという間に背丈位まで水嵩を増したり、雨の少ない夏には枯れちゃったり、そういう表情を見せる馴染みの場所。
別に長居する気はなくて、ただ川の水音を聞ければいいな、程度の気持ちだった。
民家を抜けて、ナントカ大学の前をスキップして…

…あれ?

川岸近くに一本立てられた街灯の下の人影を見つけて、私は目をしばたたいた。
いや、正確には人影っていうか…彼の方が階段を下りて川岸に立っているみたいで、頭の先しか見えないんだけど、でも、あの金髪って…


―――レン?

何でこんな所に。私の苦労は一体何!
ちょっと腹を立てながら、私はそっと近付いた。

「――――…」

そのまま、レン、と呼びかけようとしたのに―――声が出ない。

涼しい夜風に流れ出す優しい旋律に、私は動きを止めざるを得なかったのだ。

夜に沿うように静謐で、眠りのように優しくて、それでも確かにその中に光を感じる…たどたどしいけれど、花開く先が見えるような、そんなメロディ。
レンの声。ということはレンが口ずさんでいるのだ。
いや、他に誰もいないから、当たり前と言ってしまえばその通りなんだけど…
でも意外というか、ちょっとした衝撃だった。どちらかというとレンは冷笑的で攻撃的で、歌う歌だっていかにも少年らしいっていうか、こう、シャウト!とかクール系!みたいな奴ばっかりなのに。

なのにどうして、この歌はこんなに。
胸の奥がじわじわと温かくなる。
いや違う。熱じゃない。違うけど、何かが溢れようとしている。
ひたひたとそれは水嵩を増して…

(…あ)

私は土まみれになるのに構わず、がくんと道端に座り込む。その衝撃音は生えていた草に柔らかく吸い取られ、私自身の耳にも届かないまま消えていった。
何を歌った歌でもない。でもその声は何よりも雄弁に、好きだ、と伝えていた。

何が?―――何がでも、ない。
ただ…慈しむような、まろやかな温かな声で。

つう、と頬を伝うものを感じる。
体温と同じぬくもりが夜風に冷やされ、顎で雫となる時にひんやりとした感触を残す。
砂地に落ちた水は、ゆっくりと地面に染み込む。けれど殆どは地面に届かず、スカートの裾に吸い込まれた。

彼だけのものだからこそ、混ざりものなどなく紡がれる音の連なり。
劇的な所などない。
寧ろそれは拙く不慣れで…でも、だからこそ。

私は涙で霞んだ目で夜空を見上げた。
涙の膜でよく見えないはずなのに、どうしてだろう。
星って、あんなに綺麗に輝いていただろうか。
夜空の黒はあんなに深みのある色だっただろうか。
風というのはこんなに命の香りを運んでいただろうか。

―――世界は、こんなに美しかっただろうか。

(ごめんね。ごめんなさい)

私は膝に顔を埋めながら、泣いているんだか笑っているんだか、自分でも良くわからない気持ちになった。
まるで…そう、自分以外の誰かが神の祝福を受けているのを偶然覗き見てしまったような。確かにそこには罪の意識がある。それは、しっかりと分かっている。
余りに衝撃的で、きれいで、でも本来なら私が知ってはいけないことだった。今の彼以外たどり着くことが出来ない、世界のわずかな隙間に溶けていくだけだったはずのそれを私が聞いてしまった。
その意図はなかったとはいえ、私はズルをしてしまったのだ。

(…でも、レン)



―――なまえのない、そのうたは。



優しいハミングが夜空を満たす。

二度と紡がれることがないだろうその静かな旋律は、世界に満ちる数多の音の中で、ほんの数分間だけ―――確かに煌めいていた。






そのうたは、きっと、あなただけのうた。




(今だけは、どうか、この奇跡を共有することを許してください)

DATEKENさんのレンでは「なまえのないうた」が一番好きです。しっとり系。


でもこの一週間は…アンチクロロが凄すぎてイエ―リンちゃん最高!だったので、なかなか仕上がりませんでした。うう、パラジとアンチは…話にするには難しいですね!少なくとも私にジェバンニは無理でした。

投稿日時 : 2010/09/27 19:51    投稿者 :翔破

ヘルプブクマでつながった作品とは?

あなたと私だけの歌【終末ボカロ企画・pixvより】

 目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは真っ赤な空だった。
 まるで世界が終わってしまうような不安を与える赤く染まった色に目を覚ましたばかりの私は手を伸ばし、そして手を伸ばしきる前、透明樹脂の冷たい感触が指に触れた。意識がはっきりと覚醒していく。自分を囲むのは狭い空間。まるで棺桶のような冷凍睡眠装置。ああ。とまだほんのすこし現在と過去とが入り混じった意識のまま、私は手元にあるスイッチをいくつか押した。ロック解除。かちかち、と自分を収納していた棺桶のようなこの装置のロックが外れる音を耳に届く。本来ならば自動で蓋も開くはずなのだが、長い年月を経たせいで蝶番が壊れてしまったのかもしれない、蓋はほんの少しだけ開いただけで止まった。
 ほんの少しの隙間から入り込んできた、記憶していた空気よりも酸素濃度の濃い、大気。
 重い蓋をゆっくりと持ち上げて外す。湿度も高いのだろう、ねっとりとした質量を有する空気が肌にまとわりつく。私は蓋を無理やりこじ開けて棺桶のような冷凍睡眠装置から起き上がり、外へと出た。
 風が、私の二つに結い上げた長い緑の髪を揺らして、通り抜けた。

sunny_mさん

sunny_mさん

2013/07/08 14:40

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