【がくルカ】Jack-o'-lantern【ハロウィン】
今年も、この季節がやってきた。
お菓子か悪戯かを選ぶ、甘い甘いイベント。
それが、ハロウィン。
「trick or treat」
それは、魔法の言葉だろう。
その言葉を口にすれば、相手は必ず選択を迫られる。
仮に「treat」を選べば、相手は菓子を与えなければならない。
それが無理ならば「trick」となり、悪戯をされる。
どんな菓子がもらえるかわからない。
どんな悪戯をされるかわからない。
楽しみな人、不安な人…と、感情は人それぞれだ。
さぁ、そろそろ月が満ちる頃だ。
それぞれの思いが交差する甘い夜が、今年も始まる。
<<Jack-o'-lantern>>
「trick or treat!」
扉を開けると、元気な声が聞こえてきた。
そこには、仮装をした元気な少女が立っている。
「ミクか。今日はやけにテンションが高いな」
「だって、ハロウィンなんですよ?楽しまないと!」
黒いゴシック調の衣装に身を包んだミクは、『黒猫』をイメージさせる。
腰ぐらいの長さの髪は今日は下ろしており、代わりに黒い猫耳がついている。
なぜ髪を下ろしているのか聞いたところ、「だって猫耳がつけられなかったんです」とのことだ。
ちなみに尻尾はつけていない。今日のミクは新鮮だ。
「っていうか、なんでその衣装なんだ?マスターの趣味?」
「いえ、私が自分で選んだんです。こういう衣装、着る機会がないので」
「そ、そうか…」
「逆にお聞きしますが…がくぽさんは何故白衣なんですか?」
そう。ミクの言った通り、俺は今白衣を着ている。
うちのマスターは、ボカロに公式衣装をあまり着させない。
俺は着る衣装が白衣であることが多いので、もはや白衣がデフォルトだ。
ちなみに眼鏡はしていない。
「俺はこれがデフォ服だから」
「そういえばそうですね……嫌じゃないんですか?」
「いや、もう慣れた。どうってことない」
「そうですか。でもやっぱり白衣が似合いますよ。…あ、trick or treat!」
少しの間ハロウィンを忘れていたミクだったが、すぐに思い出したようだ。
イタズラをされるのは、はっきり言うと面倒だ。
ここは、素直に菓子をやったほうがいいだろう。
白衣のポケットに手を突っ込み、入れておいた飴を数粒取り出す。
「ほらよ」
「ありがとうございます!……こ、これは!?」
飴の数を数えていたミクが、突然驚いたような声を上げる。
何か変なものでもあっただろうか。少し心配になった。
「……どうした?」
「小さい頃、私が好きだったメーカーの飴です!最近売ってなくて…」
「探してたのか?」
「はい!どこで手に入れたんですか?」
「駅前のスーパー」
「そんなところにあったんですか!ありがとうございます!」
なんとなく離れると、ミクの嬉しそうな声が聞こえてきた。
とりあえず、ミクのテンションはさらに上がったようだ。
*
近所から菓子をもらって回っていたリンとレンは、疲れ果ててリビングで寝ていた。
グミはホラー番組を見て、寝ているミクに涙目で抱きついていた。……見なきゃいいのに。
カイトとメイコは「同窓会でハロウィンパーティーやる」とのことで、家を空けている。
…さて。そろそろかな。
俺はルカの部屋の前で立ち止まり、扉を軽くノックした。
向こうから「どうぞ」と声が聞こえたので、扉を開けて部屋に入る。
「……か、神威さん?何故、私の部屋に…?」
「うん。まぁ、ちょっとな」
ルカは俺の突然の訪問に驚いていた。
普段はルカが俺の部屋に来るし、まあ当然といえば当然かもしれない。
「去年のハロウィンは仕事でしたね」
「今年も仕事だったけどな…」
「あ、そうだ。神威さん、trick or treat」
ポケットに入っていた飴の、残りの数粒を手渡す。
ルカはとても嬉しそうに、「ありがとうございます」と言った。
「それで…神威さんは、何の用件でここへ?」
飴をポケットにしまったルカが尋ねる。
「決まってるだろう」
「決まってるんですか」
「あぁ。……ルカ、trick or treat」
俺がそう言うと、ルカはきょとんとした表情になった。
「え…?…すみません、用意していませんでした……」
「そう。ならいいよ……悪戯するだけだから」
俺は微笑みながら、ルカに近づいた。
「い、悪戯って……何を」
「そのままの意味」
彼女の腕を掴み、軽く引き寄せる。
「神威さん…?」
「さて、どうしてほしい?解放はしないよ」
「…っ、冗談ですよね?」
「冗談じゃなくて、本気だよ。終わったら、解放してやるから……」
「……離してください」
「駄目、離さない。……おとなしくしていて」
最後の一言は彼女の耳元で囁く。
彼女は、それだけでおとなしくなった。
普段の俺はこういうことはしないので、どう対処していいか解らないのだろう。
と、突然扉をノックする音が聞こえた。
「ルカさん、今度の『memory』のことで聞きたいことがあるんだ……け……」
扉を開けて顔を覗かせたのは、マスター。
マスターは腕にノートを抱えていた。
「……ど?」
そして、一瞬固まったかと思ったら。
勢いよく扉を閉めた。
「ごめん…邪魔したわ……」
「ちょ、ちょっとマスター!?助けてくださいよ!!」
ルカがそう言ったとき、一瞬でドアが開け閉めされ、何かが投げ込まれた。
しかもポテトチップス(うすしお味)が。何故。
「……検討を祈る」
「マスター!?」
そして、扉の向こうの気配は消えた。
マスター……GJ。
あとで報告はしとこう。
「……どうやら、マスターは俺の味方らしいな」
「そ、そんな…」
「で、どうするのかな?」
「離してください」
「ルカは俺が嫌い?」
「き、嫌いじゃないですけど……」
「けど?」
「…私は……っ」
下を向くルカの顔を上げさせ、目を合わせる。
「え?ちょ……」
そのまま、彼女の頬に手を当て、顔を近づける。
そして、唇が触れるか触れないかの位置で、動きを止めた。
お互いの吐息がかかる距離。
彼女は、強く目を瞑る。
そして、ルカから離れ、俺は彼女を解放した。
「…え……?」
目を開けたルカは、信じられないような顔をしていた。
「い、今のは……」
「あれ、どうした?何か変なことでも?」
「……!ひ、酷いです!直前でやめるなんて…」
「焦らすみたいで、嫌だった?」
「……っ、そ、そりゃ、嫌でした、けど…」
「そっか…」
恥ずかしそうに俯くルカ。
普段のルカなら、こんな表情は見せない。
ハロウィンという特別な行事だから見ることができたのだろうか。
「――でもまぁ、これも“悪戯”ということで」