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【カイメイ】モーニングコール

――今日もまた、腕の中は空っぽだった。


薄暗い部屋の中、ぼんやりと目を開く。壁時計は起床時間の10分前を示していた。

空しく宙を切った右腕を自分自身に誤魔化しながら、俺は寝返りを打つ。
夢の中では確かに彼女を捕まえたはずなのに。柔らかさも甘い匂いも、俺の手には何も残っていない。
もう何度目だろう。次いつ会えるか決まっていない時に限って、こんな夢ばかり見る。
大きく息を吸い込んで、もやもやとした気持ちごと吐き出した。
最後に彼女に会ったのは、2ヶ月以上前のことだ。

せめて2度寝をしようと枕に顔を埋めてみても、一向に睡魔は訪れてくれない。
窓の外で白々と明け始めている夜を見送って、俺はただじっと、規則正しいリズムで刻まれる時計の音を聞いていた。


すると、秒針の音と重なるように、携帯電話からメロディが流れ始める。

表示画面を見なくても分かる。この着信音に設定してあるのはたった一人だけ。
いつだか一緒に行ったカラオケで俺が歌ったら、彼女が好きだと言ってくれた曲。
別にそのバンドのファンだった訳ではないのに、それ以来新譜は必ずチェックするようになった。男なんて、呆れるほど単純な生き物だ。

枕元の携帯を探しもどかしく通話ボタンを押して、もしもし、と意気込んで受話器を耳元に押し当てると、愛しい声が聞こえてきた。

『おはよ』
「…おはようございます」
『眠そうだね?』

くすくす、という柔らかい笑い声がくすぐったい。
ほんとは10分前から目は覚めていたけど、今起きたフリをする。
仕方ないなぁ、カイト君は。そんな風に笑う彼女の声を聞いていたくて。
仰向けの視界に移るのはいつも通りの天井だけど、彼女の声が耳元で聞こえるから、世界は少しだけ鮮やかに見える。

『…今日は学校?』
「学校とバイトです。あと発表会が近いから、サークルにも顔出して」
『ああそっか、もうそんな時期なんだねー』
彼女のその言葉で、去年の今頃は二人で発表会の準備をしていたことを思い出す。
やたら難解なデュエットパートを当てられてしまい、二人で悩みながら練習を重ねていた。そうか去年の今頃彼女は俺の側にいたのかなんて余計なことを考えたら、また胸が苦しくなった。情けない感情を振り払うように、電話の向こうの彼女に問いかける。
「メイコさんは?今日はお仕事遅いんですか?」
『うーん…締切前だし、終電かなぁ』
「大変ですね、…体、大丈夫ですか?」
『大丈夫よ、タフだもの』
そう言って笑った彼女が誰よりも無理しいだということを知っているのは俺なのに。
ずっと終電が続いていて、今週は毎日3時間くらいしか眠っていないことも知っているのに。
俺に出来るのは、無理しないでくださいね、なんて使い古された言葉を彼女に送ることだけだ。

ありがと、と彼女が笑うと、タイミングを見計らったように、枕元の目覚し時計がやかましく鳴り始めた。

「あ」
『…じゃあ、そろそろ切るね』
「…はい」
『二度寝しちゃだめだよ?』
「はい、いってらっしゃい、メイコさん」
いってきます、と笑ったのを聞いて、彼女とのホットラインは味気ない電子音へと変化した。
もう彼女の声が聞こえるわけもないのに、いつもツーツーという音の向こうに彼女の名残を探してしまう。
…勿論そんなもの見つかるわけもなく、ため息をついて携帯を閉じる。見慣れた天井は、またくすんだ色に戻っていた。


彼女に3年間片思いをしている間は、想像したこともなかった。想いが通じあっているのに、こんなに苦しいことがあるなんて。


メイコさん。
メイコさん。
――俺、今、すっげぇあなたに会いたいです。


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「じゃあ会いに行けばいいじゃないか」
授業の合間、部室でそんなことをぼやいていると、煙草を燻らせながら神威が笑った。
じと、と悪友を睨んで、すっかり温くなってしまった缶コーヒーをすする。
「簡単に言うなよ」
「だって会いたいんだろ?」
「…会いたい、けど」
「なら簡単だろ、会いに行けばいい」
ふぅ、と大きく白い煙を吐いて、神威は灰皿に煙草を押し付けた。
何か言い返そうと思ったけれど結局何も思いつかなくて、煙が空気に溶けていく様を黙って見送った。

空調がロクに効かない、年代物の部室棟。
会議用の長机とパイプ椅子と、いつの代が持ち込んだか知らないがなぜか革張りのソファが一つある殺風景な空間。薄暗く、コンクリート造りで夏は暑いし冬は寒いし、快適さとは程遠い空間だが、それでも4年間、俺たちの居場所は部室だった。
去年までは、ここに彼女も居た。
部室の壁には去年の卒業式の写真が貼ってある。彼女が赤い袴を着て微笑んでいる隣で、涙を我慢している情けない俺の姿が写っていた。

それにしても、とその写真を眺めながら神威が口を開く。
「ようやくくっついたと思ったら、即遠恋だもんな。このヘタレめ」
「……」
それは、言われすぎて最早耳にタコが出来ている言葉だ。
先輩にも同期にも後輩にも言われ――そして、当事者である俺も常日頃からそう思っている。

後輩として彼女と知り合い、3年間片思いをして。
ようやく想いを告げられたのは彼女が卒業する間近のことだ。満開の桜並木で恋人同士になってから、その1週間後に彼女は東京へと旅立っていった。
つまり、俺たちは結ばれて、即遠距離恋愛になった。

それでも心がつながっていれば、とか最初はかっこつけていたのだが、最近はそれもうまくいかない。

だって、俺だって男だ。好きな彼女がいればいつだって触りたいし抱きしめたいしキスしたい。
願わくばそれ以上のことだって、と考えてしまう。

彼女は東京で、自分の夢を実現して頑張っている。
出版社で、音楽雑誌のライターという多忙な仕事をこなしている社会人の彼女と、就活も終わりやることといえばサークルと卒論くらいの学生の俺では時間の貴重さが違う。
俺は、行こうと思えば毎週でも東京に行ける。けれど、それを彼女に押し付けるわけには行かない。
来年は俺も東京で就職することが決まっているのだから、あと半年我慢すれば彼女と一緒に過ごせるようになる。
あと半年。半年我慢さえすれば。

――そんなことは重々承知だ。重々承知だけど、俺は今、彼女に会いたい。



「煙草くさい」
ガチャン、と音を立てて、突然部室の扉が開いた。
開口一番文句を言って、入ってきたのはルカだ。
「おはよう、ルカ」
「おはよ。ちょっと、禁煙の約束は?」
おざなりに俺に挨拶を返して、ルカはじろりと神威を睨みつける。
「あ、忘れてた」
「忘れてたじゃないわよ、罰として今日ご飯当番あんたね」
「まじかよ、昨日も一昨日も俺だったぞ」
「禁煙するって約束したくせに破ったあんたが悪い」
「…はいはい、女王様」

俺のサークルの同期でもある二人は、2年前から付き合いはじめ、4年生になった春からは同棲を始めた。
俺がへこたれている理由は、こいつらにもある。彼女に会いたくても会えない俺の横で、二人はお構いなしで晩飯のを相談したり、明日のゴミ捨て当番のことで喧嘩したりする。遠距離恋愛中の俺には、羨ましすぎるほどの距離だ。
ため息をつくと、不思議そうな顔でルカが振り向く。
「なにカイト、元気ないね」
「こいつ、メイコさんに会えなくてしょぼくれてんだ」
タバコを箱ごと没収され、不服そうな顔の神威が顎で俺を示す。言葉のチョイスに思うところはあったが、否定できないので反論は控えた。
すると、なぁんだ、と拍子抜けしたようにルカが肩を竦める。
「じゃあ会いに行けばいいじゃない」
「…夫婦で同じこと言うな」
「「夫婦って言うな」」
つっこみの仕方まで一緒。なんだこいつら。どこまで俺に見せつければ気が済むんだ。

力が抜けて、ぺしゃりと机に突っ伏する。秋だというのにすでに底冷えの始まっている部室棟の机は頬を指すほど冷たい。

「…会いに行きたいさ、俺だって」
「行けない理由があるの?」
「……」
行けない理由は、ある。
彼女は忙しそうだし、俺のわがままで時間を奪うのは申し訳ないし。
そして、何より――。

「男のプライドってやつだろ?イイ男になるなんて啖呵切っちまったから」
「なぁんだ、くっだらない」
「……」
「まぁそう言ってやるなよ、俺もそう思うけど」
「やめときなさいよ。そんな二束三文のプライド、誰も得しないわよ」
「…あのなおまえら、ちょっとは友人を労る気持ちを…」
「労ったら会いに行くの?」
「…いや、それとこれとは」
「じゃあやだ。時間の無駄」
「……」

女からの意見は男よりもずっと手厳しい。しかも付き合いの長い友人ならなおさらだ。

言葉のボディーブローが急所に入り、再び机に沈んだ俺に興味を失ったのか、神威とルカは1ヶ月後に迫った発表会の準備について話始めた。
相変わらず難解なデュエットパートは、今年神威とルカが受け持つ。楽譜に目を落としながら二人で肩を寄せあって相談をしている姿が去年の俺と彼女に重なって、なんかもう、ぐうの音も出なくなってしまった。



*************************************************************


『そっかぁ、今年はがっくんとルカがあそこやるんだ』
「はい、こないだも喧嘩しながら練習してました」
『あれ難しかったぁ。私たちも大変だったよね』
「…大変でしたけど、俺、楽しかったです」
『楽しかった?』
「あ、いや、あの、難しい曲だと達成感があるっていうか」
『あー、でもそれはなんとなく分かるかも』

弾むように彼女が笑う。
本当は、練習の間たくさん彼女と一緒に過ごせたから、というのが理由だったんだけど、そんなことを口に出来るわけもなく。

実は今朝も彼女の夢を見て目が覚めた。
しかも今回は、なんていうか、その、人様にはとてもお話出来ないような、オス全開の夢だった。…末期だ。

「メイコさんは、締切大丈夫そうですか?」
『あー、それ聞いちゃだめ』
「え、あ、すみません」
『…うそうそ、順調。だけどちょっと今回はスケジュールがタイトでね。…自分の責任なんだけど』
「そうなんですか、な…」
何かあったんですか?と問いかけようとした瞬間、枕元で耳障りな目覚ましの音が鳴り響く。
「『あ』」
『…タイムアップ、だね』
「はい…」
『じゃあ、また』
「はい、また」

行ってらっしゃいを言い合って、電話を切る。
耳に残った彼女の声を反芻しながら、俺はベッドに倒れ込んだ。
(畜生、会いたい)
言っても仕方ないようなもやもやが、乱暴な気持ちに変化する。今俺はきっと、どうしようもなく見苦しい顔になっているだろう。鏡でその顔を見るのもイヤで、俺は枕に顔を押しつけ大きくため息をついた。





『夜はお互い不規則だから、朝に電話しよう』

そう提案したのは彼女だった。
彼女は仕事で、俺はカフェのバイトやサークルで、夜はお互い帰宅時間が定まっていない。でもせめて、毎日声が聞きたい。だから彼女が仕事に出掛ける直前、俺の目覚ましが鳴るまでの5分間だけ、電話をすることにした。
『そしたら朝起こしてあげられるし、ちょうどいいでしょ?』と悪戯っぽく笑ったその愛らしさに、俺は一も二もなく首を縦に振った。
本当は早起きをする必要がない日もあるけど、きちんと早寝早起きをすれば一日を有効的に使えるということに気がついた。しかも毎朝彼女の声で起きられるなんて、こんな幸せなことはない。

今だってその気持ちに変わりはない。
…変わりはないけれど、たった5分のモーニングコールじゃ物足りなくなっているのも事実で。

けれど、そんなことを言っては彼女の負担になってしまう。もちろん日によっては夜に長電話をすることも可能だが、ただでさえ短い彼女の睡眠時間を削り取ってしまうのも申し訳ないし、なによりそうしたところで会いたい気持ちが募っていく一方だと自分で分かっていた。

会いたい。けど、会えない。
彼女の負担になるのが怖い。
大見得を切ったくせに何も成長していない自分を見せるのが怖い。

そして、何より――。

【桜の頃に】http://piapro.jp/content/6jvhoptaq81990k5の続編です。読んで頂いてからのほうが分かりやすいかと…
◆改めて、カタギリさん、ありがとうございました!!
◆oster projectさんの「モーニングコール](http://piapro.jp/content/sfnorv1n4h3aaddk)が元ネタです
◆がくルカあり。ご注意下さい
◆前のバージョンで続きます。
◆【伝わりきらない設定】
・めーちゃん→東京で音楽系雑誌の出版社に勤務・カイト→大学4年生。来春からは東京で映画配給会社で勤務予定・大学は東京以西 ・二人とがくルカが所属しているのはコーラスサークル

投稿日時 : 2010/11/17 22:19    投稿者 :キョン子

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