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【カイメイ】黄泉桜

[一]

葬送の列を、ぼんやりと眺めていた。

ある人は涙を流し、ある人は唇を噛み締め、ある人は抜け殻のような表情で。
淡い月の光に照らされながら、白い棺を抱えた人たちがゆっくりを歩いていく。

「…黄泉国(よもつくに)まで、彼らを導いておくれ」

ざぁ、と風が吹く。
大振りの枝に腰掛けたまま指先を動かすと、薄紅色の花弁が風に乗りその列を追った。

一片の花弁に口付けを落とし、祈りを込める。
旅立つ彼らの餞になるように。
残される彼らの救いとなるように。

――それが、『黄泉桜』。
『私』の役目だということを知ったのは、果てしなく遠い過去のことだ。




記憶、というものが存在するなら、私の記憶はどこから始まるのだろう。
意識、というものを獲得した時には、私は既にこの桜の木と共にあった。
共にある、という言い方が正しいのかどうかは分からない。私は桜そのもので、桜は私そのもので。
おそらくこの桜が萌え出でた時が私の生まれた時で、朽ちる時が私が消える時なのだろう。

『黄泉桜』という名が何時ついたのか、私は覚えていない。
本来なら桜というものは春先の数日、見頃を過ぎれば散ってしまうものだという。
しかし、この桜は一年を通して枯れることがなかった。理由なんて考えたこともなかった。桜とはいつでも薄紅を纏っているものだと思っていた。
きっとこの土地の気候とか土壌とか水質とか、そんなものが関係しているんだろうけれど、信心深い人間達は枯れることのない桜を見て「神が宿っている」と言った。

(神なんていないの、いるのは私だけ)

しかしそれを伝える術はなく、『神の宿りし木』はいつしか葬送の場となり、『黄泉桜』と呼ばれるようになり、それに応えることが私の役割になっていった。



「黄泉桜よ、かの者の御霊を、黄泉国まで導きたまえ」
白装束を身に纏った先導が仰々しい声を張り上げた。錫杖の鈴の音が空に響く。

今日もまた、誰かが死んだ。
幼い子供が泣いている。その手を引く若い女も泣いている。

私はただ桜を咲かせ、散らす。
どんな人物であっても変わることはない。私にとって、去り逝く御霊は等しいのだから。
「オトウチャン」という言葉の意味を知る必要はない。
私は人の死を悼み、枯れることのない桜の花弁を、少し散らすだけ。それだけだ。


人は皆、生まれて死ぬ。
早い遅いの差はあれど、数十年という短い生の中で伴侶を得て子供を為し、そして死んでいく。その繰り返し。

数え切れないほどの人を見送ってきた。病気で、事故で、寿命で。他人の手でまたは自らの手で、人は命を失う。

私が関わるのは人の『死』だけだ。『生』に関わることは決してない。
私は人外の者だ。
それが当たり前で、寂しいなんて思ったことは一度もない。

――そう、一度もなかったのだ。






「…ねぇ、君」

突然、掛けられた声。
その声が自分に向けられているということに気付くには時間が掛かった。

「ねぇ、君。そこの君」
「…え…」
「君は、桜の精?」
見下ろすと、そこには一人の若者が立っていた。
青い髪の、華奢な体つき。群青の絣の着物を着た若者は、紛れもなくまっすぐに私のことを見据えている。

人間には見えないはずの、私の姿を。

「ねぇ、そうなんだろう?」
「…私の姿が見えるの」

やっとの思いで声を出す。何百年と聞いているはずの自分の声が、まるで違う音のように聞こえた。

「見えるよ、綺麗な女の人が、桜の枝に座ってる」
「……」

言葉が出ない。
どうしたらいいのか分からない。
だってこんな、信じられない。私の姿が見える人間なんて初めてで。生きている人間と面と向かうことなんかなかったから。
戸惑う私を尻目に、若者は無遠慮に私のことを見上げる。
人外の者と出会ってさぞ気味悪がっていることだろうと思ったその表情は予想外にきらきらと輝いていて、まるで少年のように無邪気だった。

「…すごい、ちょっと感動した」
「…え…」
「この桜の木には精が宿ってるって、子供の頃から聞かされてた。まさか、ほんとに出会えるなんて」
「桜の、精…?」
「うん、違うの?」
「…ううん…」

違わない。神ではない。ましてや人でもない。私は桜そのもので。言葉で定義するなら、きっとそうなるだろう。

「きっと、そうだと思う…」
「ああすごいや。ほんとにいたんだ」
「……」
「ねぇ、少し、話をしてもいいかい?」
「…え、ええ…」
人の目には映らないものを映しているはずなのに、彼はどこまでも人なつっこく話を続ける。人間とはこういうものなのだろうか。それとも彼特有の気質なのだろうか。

「君は、どれくらいここにいるの?」
「…覚えていないわ」
「何百年?」
「…それくらいだと思うけど、詳しくは…」
「ふぅん…じゃあ、君の名前は?」
「…名前…?…黄泉桜?」
「そうじゃなくて、君の、名前」
「…私の?」
ふと思考が止まる。名前なんて考えたこともなかった。あったとしても呼ばれることはないから。
「名前なんて…ない…」
「…そうなんだ」
何故か残念そうな顔をして、青年は腕組みをしてうーんと唸る。そしてしばらく考え込んだ後、ぱっと顔を輝かせて再び私を見上げた。
「決めた、僕がとびきり素敵な名前をつけてあげるよ」
「…え」
「せっかく知り合えたんだ、これからは名前で呼びたいから」
「……」

『これから』。
それは、未来を示す言葉。
私にとって初めての言葉だった。

「…いけない、もう戻らなくちゃ。また来てもいい?」
胸元の懐中時計を確認して、青年が私を見上げた。
なんと答えて良いかわからず、私はただ一度だけ、こくんと頷く。
「よかった」
ほっとした表情を見せて、青年はじゃあまた、と片手をあげて去っていく。丘を下ると、彼の姿はあっと言う間に見えなくなった。




彼が去るとそこはいつも通りの空間に戻る。
一人きりの薄紅の空間。

私は戸惑っていた。
人間に見られたのも、話しかけられたのも、再会の約束をしたのも、はじめてのことだ。そもそも葬儀の時以外、人間たちはここには近付かないのだから。
…どうして彼は私の姿が見えたのだろう?
(また来てもいい?)
彼の笑顔を思い出すと、胸の奥の方を軽く引っかかれているような、不思議な心地がした。


その疑問に答えるように、ふわりと舞い上がった風が彼の残した香りを運ぶ。
そこで、ふと気が付いた。
彼の香り。

――それは、私に馴染みのある香りだった。

大好きな仕事してPの名曲【黄泉桜】nicovideo/sm6362317のイメージ小説です。joysound配信おめでとうございます記念!!
たくさん素敵な黄泉桜小説がありますが、これはあくまで私解釈ということで…
広い心でお読みいただけると幸いですごめんなさいすみません石をなげないでくだry

なんとなくイメージは大正時代の東北地方ですが詳しいことはボカンナイデス
なんでだか思ったより長くなっちゃったんですけど詳しいことはボカンナイデス

前のバージョンでツヅキマス

投稿日時 : 2010/12/08 00:50    投稿者 :キョン子

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