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リトルコンピュータワールド 第六話【君がいない】後編
そんなことを考えながら、レンは料理をするジェットを見ていた。リンと同じ容姿だが、しぐさがまったく違う。何かをすればするほど、違いが際立つように、レンには感じられた。
「……レン、大丈夫ですか?」
ひととおり使い方を説明し終わったルカが、そう訊いてきた。ジェットはこちらを見ることすらせず、野菜を刻んでいる。
「……俺、出かけてくる」
それだけ言うと、レンは台所を出た。居間では、メイコとカイトが心配そうな視線を向けてくる。
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リトルコンピュータワールド 第六話【君がいない】前編
「ね~、レン。映画でも見に行こうよ」
「俺忙しいんだけど」
「ゲームしてるだけじゃない! ゲームしてる暇があるのなら、あたしと映画見に行ってよ」
「どういう理屈だ」
「ね~、行こうよ~。映画は一人で見ても面白くないもん。誰かと一緒に見るから楽しいのよ」
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リトルコンピュータワールド 第五話【漆黒の破壊者】後編
「めーちゃん、『漆黒の破壊者』ってなに?」
カイトが疑問を投げかける。どうやらカイトは、該当の作品を知らないようだった。
「図書館に、昔マスターが書いていた小説があるの。剣と魔法のファンタジー小説よ。『漆黒の破壊者』というのは、その小説に出てきたキャラクター。恐ろしいほどに強くて、冷酷で非情。我がままで自分勝手で気まぐれなキャラクターよ」
驚きすぎているのか、メイコの言葉は淡々としていた。一方、リンの姿の「漆黒の破壊者」とやらは、そんな言葉を聞いて不快そうにするかと思いきや、平然とした様子で椅子に座りなおした。
「……よく知っているわね」
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リトルコンピュータワールド 第五話【漆黒の破壊者】前編
「……で、いつになったら俺の服、離してくれるの」
「だって……さっきの映画、怖かったんだもん」
「そんなに怖いか? 血が飛び散ったりとか化け物とかが出てきたりとかしなかっただろ」
「そういうのはいいの! だってしょせんは関係ない世界だって思えるもの。でも、自分の近くにいる人が、気がついたら別人になっていたっていうのは、すごくいや」
「まあ、俺も嫌だけど……」
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リトルコンピュータワールド 第四話【異変】
「インターネットって、たくさんのパソコンが繋がっているんでしょう? だったらそのパソコンの一つ一つにも、こんな世界があるのかな?」
「リン、それはおとぎ話、でなきゃ都市伝説だよ」
「でも、あるって考えた方が自然じゃない? だって世の中にはいろんな人がいて、パソコンを使っているのよ。だったら、どのパソコンの中にも、こんな世界があると思うわ」
「俺はそんなのどうでもいいよ」
「……レン、夢がない!」
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見守ることが辛くて
当て所もなくふらふらと君は行く
見果てぬ何かを探し続けてる
だけどそんなものはどこにもみつからなくて
疲れ果て倒れた君は目を閉じた
空っぽな心を埋めて欲しかった
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リトルコンピュータワールド 第三話【家に帰って】
カイトに連れられてアイスを食べたあと、レンはカイトと帰宅した。帰ったら、ミクとリンに謝らなくてはならない。
「……リン、戻っているかな?」
自宅が近づくにつれて、レンは不安になってきてしまった。ミクはカイトに自分を探してくれるように頼んだぐらいだから、落ち着いているだろう。だが、リンの方はわからない。あんな状態で飛び出して行ってしまったのだ。もしかしたら、まだ帰宅していないかもしれない。
「大丈夫だよ。ミクはめーちゃんに、僕と同じことを頼んでいたからね」
その言葉に安心する。メイコなら、上手にやってくれるだろう。
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リトルコンピュータワールド 第二話【公園のブランコ】
自宅を出たレンは、あてもなく街の中を歩いた。パソコンの中の仮想現実の街。建物のほとんどはお飾りで、中には入れない。一部、店などもあるにはあるのだが、店員はいない。そして、売られている品物がどこから来るのか、それは誰にもわからない。
考えてみれば実に奇妙な空間だが、レンはそれを疑問に思ったことはない。何しろ「そうなっている」のだから。
ただひたすらに、道を歩く。だが、歩いても歩いても、気分は晴れなかった。むしろいっそう沈んでくる。思い出すのは、最後に見たリンの顔。涙を浮かべて、こっちを睨んでいた顔だ。
リンのイメージを振り払おうとしながら歩くうちに、レンは小さな公園にたどりついた。緑の多い自然公園ではなく、子供が遊ぶ遊具が置いてあるタイプの公園だ。子供などほとんどいないのだが、メイコから聞いた話だと、彼女が始めてこのパソコンにインストールされた時から、ずっとこの公園は存在しているのだという。レンは深く考えずに公園に入り、ブランコに座った。そのまま軽く漕いでみる。
ブランコをこいでいるうちに、レンは昔のことを思い出した。昔といっても、レン自体そんなに長い時間を生きて――プログラムにこの言葉を用いていいのかどうかはわからないが、レン自身は自分を生きていると認識している――いるわけではないのだが。とにかく、このパソコンの中にリンと一緒にインストールされてから、そんなに経っていないときのことだ。パソコンの中の世界が珍しくて、リンと二人であちこち歩き回った。そうしてこの公園を見つけて、二人で日が暮れるまで遊び回った。シーソーや滑り台で遊んで、それからブランコをどちらが高くまで漕げるか競争した。絶対に勝とうと必死になった結果、レンはバランスを崩してブランコから落ちて、額を強く打ってしまった。リンはすぐにブランコから降りて、激痛でうずくまる自分に、心配そうに付き添っていてくれた。
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リトルコンピュータワールド 第一話【パソコンの中】
注意書き
このお話は、「マスターのパソコンの中」が舞台のお話です。
ボーカロイドたちはパソコンの中で、人間のような生活を送っていますが、マスターとやりとりすることはできません。
第一話【パソコンの中】
パソコンの中には、不思議な世界が広がっている。
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昔話リトールド【金色の魚】その十一
「……お魚さんは、いなくなった王子様だったの?」
やがて、リンは静かにそう訊きました。
「そうだよ。君のおかげで魔法が解けたんだ」
言いながら、レンはちらっとルカの方を見ました。ルカは何も言わず、ひとつうなずきました。
「じゃあ、お城に帰るの?」
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昔話リトールド【金色の魚】その十
その光があまりにまぶしかったので、レンは思わず目を閉じてしまいした。やがて光が治まったので、レンは目を開けました。
「え……?」
景色が、まったく変わっていました。いえ、いるのはあのお屋敷の庭です。でも、目線が今までと比べて、ずっと高くなっていました。そのため、景色が変わって見えたのです。
……それだけではありません。目の前に、リンがいました。でも、今までのように、リンの顔を見上げるのではありません。正面から、リンの顔を見ているのです。リンはというと、胸の辺りで手を握り締め、驚いた表情で、レンを見ていました。
いったいどういうことなのでしょうか。疑問に思ったレンが何気なく視線を下げると、自分の手が視界に入りました。思わず手をあげ、眺めます。そう、今のレンには、手がありました。それだけではありません。水の外に出ているのです。今、レンが立っているのは、あの池のほとりでした。鏡のように凪いでいる水面を見ると、人影が二つ映っています。片方はリン、もう片方は自分でした。魚に変えられてから六年も経ってしまったせいで、ずいぶん成長してしまっていますが、自分であることはわかります。
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昔話リトールド【金色の魚】その九
舞踏会が終わってから、数日が経過しました。そのころには、舞踏会に出た不思議な少女のことが、街の話題になっていました。最初の日には銀のドレスを、二日目には金のドレスをまとって現れた、美しい少女。自分の名前も、どこから来たのかも告げず、片方の靴だけを残して、消えてしまった少女。王子は残された靴を手許において、ずっと何か考え込んでいる……うわさは、そうなっていました。
リンは相変わらず、汚れた格好で厨房で働いていました。厨房にも、街のうわさは届いています。リンは無視されていたので話に加わることはありませんでしたが、うわさ自体は耳に入ってくるのでした。
「なんだか変な感じがするの。わたしが街のうわさになっているというのが」
夜になって魔法の部屋にやってきたリンは、レンにそう打ち明けました。
「君がきれいだからだよ」
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昔話リトールド【金色の魚】その八
そして、舞踏会が開かれる日が、やってきました。お屋敷の奥様は、娘を念入りに飾り立てると、馬車でお城へと向かいました。リンの父もいっしょでしたが、ほとんどおまけのような感じでした。
リンは仕事を終わらせると――今日は、奥様たちが家で夕食を取らなかったため、仕事が少なかったのです――レンのところにやってきました。そして、部屋に置いてあったドレスを見て、ひどく驚きました。
「きれい……これ、どうしたの?」
リンはそっとドレスにさわろうとして、あわてて引っ込めました。手を背の後ろに組んで、それ以上、触れないようにしています。ドレスを汚してしまうことを恐れたのでしょう。
「それは、君のドレスだよ。それを着て、舞踏会に行っておいで」
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昔話リトールド【金色の魚】その七
リンがお屋敷で生活し、魚の姿のレンに助けてもらうようになってから、少しずつ、時間は過ぎて行きました。リンは相変わらず厨房でこき使われ、罵声や暴力を浴びせられていました。そしてレンは、そんなリンを見守ることしかできませんでした。
毎晩、リンはレンのところにやってきて、レンと話をしながら食事を取り、明け方まで眠りました。朝が来る度、リンを送り出すのが、レンは辛くてなりませんでした。
お屋敷に来て、三度目の冬がやってきました。初めて会ったころと比べると、リンは背が伸びて、女の子から、少女に変わっていました。レンは成長していくリンを見るにつれ、嬉しいような、淋しいような、そんな奇妙な気持ちになるのでした。
このお屋敷の奥様にも、娘が一人いました。リンより二つ年上のこの娘は、母親の影響を強く受けているのか、腹違いの妹であるリンに、辛く当たりました。リンはどんなことを言われても、何をされても、じっと耐えていました。
リンの異母姉であるこの少女は、きれいな顔立ちをしていました。周囲の人たちも、彼女を美しいと誉めそやしました。そのせいか、異母姉は、毎日のように鏡を覗き込み、わが身を飾ることに余念がありませんでした。
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昔話リトールド【金色の魚】その六
それから、リンは毎日、夜になるとレンのところにやってきて、一緒に過ごすようになりました。レンはリンからパンをもらい、リンはレンのところで食事をして、朝になるまで眠りました。
きちんとした食事と睡眠が手に入るようになったせいか、やつれていたリンは、肉付きがよくなって健康そうになりました。厨房の仕事――皿洗いや鍋磨きだけでなく、かまどの掃除もリンの仕事でした――のせいで汚れていましたし、着ているものも相変わらずぼろのままでしたが。レンは新しい服を出してあげようと言ったのですが、リンに「誰からもらったのって問い詰められるから、いらない」と断られてしまいました。お屋敷の厨房で働く人たちは、毎日あんなにこきつかわれて、ろくな食事も取っていないはずのリンが元気そうなのを見て、不思議に思っていました。
「どうしてあの子は元気そうなの」
ある日、この家の奥様が厨房にやってきました。奥様は、リンがあまり弱っていないのを見て、不機嫌そうでした。
「……皆目わかりません」
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昔話リトールド【金色の魚】その五
次の日の夜、リンがレンにパンをあげにやってくると、レンは水面から顔を出して、リンに言いました。
「リン、今すぐ水の中に手を入れて!」
リンは驚いて、辺りを見回しました。それはそうでしょう。でも、辺りを見回しても、誰もいません。
「……今喋ったの、誰?」
「今、君の目の前にいるよ」