【亜種/帯人】 貴女には、
胸が痛い。心臓が痛い。
襲ってくる吐き気。
吸いにくくなる息。
ひたすら苦しくて、苦しくて。
喘ぐように呼吸繰り返しながら、目眩をこらえながら壁づたいに歩く。
台所につき、必死にあるものを探した。
──あった……。
鋭利でありながらも刃物とは呼びにくいそれは、僕の愛用品──アイスピック。
それを掴み、乱暴に腕を一文字に切る。
赤い液体が僕の腕からこぼれ、
床に小さな水溜まりができた。。
すぐに。
スーッと頭が、冷えた。
呼吸が格段にしやすくなった。
ふぅ。少しだけ息をつける。
…しかしこんなものは一時的な逃避にすぎない。
心臓は痛いまま。
僕は苦しいままだった。
──早く…早く早く早く…!!!!
思えば思うほど、胸は痛くなり、再び呼吸も先ほどの活動に戻ってきはじめる。
ああ僕は、自分の体にすら生きることを認められていないのか。
…いや、別にそんなことはいい。
あの人が、認めて……想ってくれれば…それだけで僕は生きていける。
あの人を思い出すと、卑しく先ほどよりも跳ねる心臓がうざったい。
そして、ひたすらうるさい。
仮にも僕は歌を歌うのが本来の仕事。
雑音は嫌いだ。
僕は右手に握ったままの、愛すべき日用品にして凶器をみて微笑み──
雑音をつくるそれに勢いよく──
『帯人ー?帰ったよーっ!?どこにいるのー?』
「あ…」
驚いたのとショックなので、僕はとっさに喋られなかった。
驚いたのは、よすぎるタイミングに。
ショックだったのは、彼女の帰宅にも気づかなかった自分に。
『あ、台所だね!』
しかしそんな僕を知ってか知らずか
彼女は明るい笑みをみせる。
『ただいま──帯人っ』
ほんとに、適わない。
愛しくてたまらない。